ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

トム・スタンテージ「謎のチェス指し人形『ターク』」

図書館のNDC分類だと759で美術芸術の人形・玩具に配架されてたものだけれど、ロボット工学で知ってるひとが多そう。気の利いたロボット開発史の本やらドキュメンタリー番組なら、近代ヨーロッパで製作されたいわゆる自動人形(オートマトン)のなかにはチェスを指すものがあったことを紹介する例も多いだろう。大抵話の取っ掛かりに提示され「実際のところはインチキであった」的にバッサリ切られる存在の、その詳細を著述したもの。マリア・テレジア治世のオーストリア・ハンガリー帝国の技術者フォン・ケンペルンによって作られたオートマトン「ターク(トルコ人の意)」のミステリアスな仕組みとその数奇な運命を描いたノンフィクション…とでも言えばいいのか。

ウィーンで作られその後パリやロンドンを興行し、人手に渡ってアメリカにまで巡業される。その過程の折々に歴史上の有名人が関わったり話に尾鰭が付いた「伝説」が作られたり。真面目な技術の本ですがスチームパンク的なガジェットに興味を持つ向きにも楽しんで読める内容でしょう。「バベッジの解析機関」なんて名前が出ると無条件にwktkするひととかです(笑)

技術者の発明がまだそれ自体で驚異のエンターテインメントとなる時代の、どちらかといえば「奇術」に属する話なんだけれど、果たしてこのタークが本当に独力で思考しチェスを指す「考える機械」なのか、外部からあるいは内部に隠されたなにがしかの機構を通じて人間の補助を受けて動いているのか、秘密はなかなか明かされずに読ませる記述です。観客の多くはまず信じずに様々な推理を立てるのだけれど(エドガー・アラン・ポーとか)概ねそれはハズレている、と。実際のところまず誰もが思うであろう「なかのひとがいる」が正解なのですけれど、内部機構は思いの外複雑でその謎解きもまた、楽しいものです。

その後本書は「ディープ・ブルー」などチェス・コンピュータを通じて機械の知性と人間との対比、関わり方について若干補足するような内容になるんだけれどアラン・チューリングがはじめて行ったプログラムvs人間のチェス試合が面白かった。まだハードウェアも揃っていない時代なので、紙に書いたプログラム(の計算結果)に従って人間がチェス駒動かしてんの。いたって真面目な実験だけどその様子を想像するとなんかシュール(笑)

長年にわたって複数の人間が内部で操作を続けていたにもかかわらず、そのことの秘密が守られ続けたのはちょっと意外。とある新聞に寄せられた「二人の子供が内部から人が出てくるのをこっそり目撃」と与太話として片付けられた記事が実は正鵠を得ていたりいささか出来過ぎの嫌いもあるけれど、読み物として面白い本でした。単に情報だけならwikipediaにあるyoutubeで動画も見られますけれど、やっぱりページをめくって進めていくのはよいものですね。