原題を”A WIZARD'S GUIDE TO DEFENSIVE BAKING”という。「救う」と「守る」にはややニュアンスの違いを感じるがまあともかく、評判通りの面白さではある。パンを焼く魔法を使える(パンを焼く魔法しか使えない)14歳の女の子が、その魔法を使って街を救う。あるいは守る。巻末の謝辞によれば2007年に書き始めた作品が色々あって世に出たのがコロナ禍真っ盛りの2020年のことだそうで、当時のアメリカでは巣ごもり需要で皆が家でパンを焼いていたらしい。おそらく日本では牛乳を煮詰めて「蘇」を作っていた頃合いではあるまいか。
10代女子向けジュブナイルファンタジーということで、まあ良く出来ているなあと思わされる。例によって近年のアメリカ製フィクションに共通する「計算」あるいは「計画」に則って書かれたのだろうなあと。物語の上げ下げ、感情移入しやすいキャラクター、わかりやすい敵。中世的な世界観の魔法ファンタジー小説だけれど、登場する知的種族は人間だけで「邪悪な魔族」みたいなのは出てこない。それぞれのキャラの肌や髪の色もほどんど言及がなく、かなりのフラットさを感じる(1人金髪の男性が出てくるけれど、あまり話には絡まないアイドルスターのような立場だ)。物語をリードするのは概ね女性キャラで、悪役には男性キャラが配される。とはいえ全ての女性キャラが好感を持っているわけではないし、全ての男性キャラが悪漢な訳でもない。そこまで露骨ではない。
パンを焼く主人公、というのが物語へのシンパシーを高めているのは間違いない。出てくるパンがやたらと現代的に思えるけれど、さすがにハンバーガーとかホッドドッグは出てこない(笑)ジンジャーブレッド、甘パン、ブラックベリーマフィンなど、甘くておいしいタイプのパンが主か。
パンとファンタジーと言えば「ロイスと歌うパン種」*1というのがありました。あれにも「意志を持った発酵種」みたいなのが出てきたけれど、本作に出てくるのは「ボブ」という名前があって、やや邪悪で、人を襲う。そしてモーナの命令には忠実に従う要は「食べられるスライム」みたいなものか。傍らにはやはり魔法で命を吹き込まれたジンジャーブレッド人形が控えていて、それら「使い魔」たちのキャラ造形は面白いものです。
「パンを焼くだけの魔法でどうやって街を守るか」というのが大きな命題で、それをどう解決したのかは大変面白い。ビジュアル面でも強くて、容易に映像を思い浮かべることが出来る。著者はもともとイラストにストーリーを添えて発表してたような人だそうで、その辺も巧みなものか。
しかし本当に街を救うのはパン焼き魔法のモーナではなく別の(女性)魔法使いで、そのへんちょっとご都合主義的というか、アメリカの創作によくある「自由と民主主義のために死ぬひと」みたいな居心地の悪さもある。とはいえ「英雄は居ないほうがいいし、英雄になっても嬉しくも楽しくも無い」みたいな話でもあるので、その居心地の悪さも計算づくなんだろうな。