ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ルーシャス・シェパード「タボリンの鱗」

 

 なぜかKindle版しか出てこないが読んだのは文庫版です。別にアフィやってる訳でも無いし、そういう区別はどうでもいいか。さて「竜のグリオールに絵を描いた男」*1に続くシリーズ第2弾。短篇集とありますが収録されているのは短篇1本とノヴェラ(中篇)1本で、普通は収録作品2つのものを「短篇集」とは言わないような気がするけれどまあいいか。

このシリーズは開始第1作でグリオールは死に、1冊目に入っていた作品群では時制がいまひとつはっきりしなかったのですが、今回の2本では明確にグリオールの死後を描いています。今回は竜が動くといわれて確かに迫力のカバー画。だけど前回よりなんかちっちゃくね…?と思いつつ表題作となっている「タボリンの鱗」を読むとなるほどグリオールが動いている。

 

なんかちっさいけどな(´・ω・`)

 

巨竜グリオールの死後の時代、その鱗を手に入れた男ジョージ・タボリンが娼婦シルヴィアと共に突然移動(転移)した世界というのが未だ小さなグリオールが権勢を振るう時代で、はっきりしないのだけれどどうもこれは過去の時代らしい。自分たち以外にもいくつかのグループに分かれて転移させられた人々が原始的な生活を続ける中、ジョージとシルヴィアは家族から虐待(性的虐待)を受けていた少女ピオニーを救い出し、男女3人の微妙な関係が生じ…と、いうような。前作と同様にひとは自分の意思で以って行動しているのか、それともすべてはグリオールに操られたものなのか、自由意志と社会圧力のようなところがテーマでしょう。こういう作品を普通に現代小説として書くよりは、竜の存在するファンタジーとして語らしめる方が書き易くまた語り易いものなのだろうと、それはよくわかります。また本作ではジョージの視点で(とはいえ三人称の文章で)記述され随所に脚注が入る構成なのですが、最後のパートだけがシルヴィアの一人称に差し変わり、そのことでジョージの意思や行為に客観的な疑義が呈されるような構造を持っています。そしてクライマックスは巨竜のグリオールがまさに死すときに生じる大災害の有り様なのですが、これが第1作の死に様とは全然違っている。ここちょっと不思議。なんか、なんだろうな矛盾とか統一性とかは気にしない、個々の作品で描きたいように書くのだろうなと、そんな気がしました。 この部分ちょっと誤読して居たようで、再読してああ成程なーと、漸く何が起きていたのか理解する。成程なあ…

 

もう一本の作品「スカル」は、こっちが表題作よりも長いノヴェラでページの約7割方はこちらが占めてます。これまで純然たる異世界のようであった*2この世界が、本作では現実の中南米、21世紀のグアテマラならぬテマラグアを舞台とし、中南米風ファンタジーから中南米ファンタジーへとシームレスに移行する。矛盾とか統一性とか気にしない!描きたいことを書く!!そういうお話と語り。

ヒッピー青年(正確にはヒッピー元青年)スノウと少女娼婦ヤーラ、グリオールが既に死して解体し尽くされた世界で出会った二人がテマラグアの密林に苔生して埋もれるグリオールの頭蓋骨のもとで奇妙なコミュニティの一員となり、宗教性と危険性を高めていく集団から逃れたスノウが約10年後に再び同地を訪れると…

この先は実に意外な展開を迎えるので、ちょっと書かずに置きましょう。簡単に言うと復活したグリオールをスノウとヤーラが退治するお話なのですが、グリオールがどのように復活するか、それをどう倒すか。世に数多あるドラゴンスレイヤーな物語の中でも有数に変な倒し方をします。いやさびっくり。

 

なおやけに娼婦が出てくることでも明らかですが、前作同様セックスシーンは多めで描写も濃い目です。その点はご注意願います。

 

巻末解説は2019年12月現在チリに在住の池澤春菜嬢で、現在のチリの暴動についての生々しい現地報告でもあったりして貴重です。S-Fマガジン2020年2月号のコラムと被る内容ではあるのですが。

グリオールシリーズ最後の一本「美しき血」Beautiful Blood はさて翻訳されるのかな?されてほしいですね流石にねー

*1:http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2018/09/02/201710

*2:必ずしもそうとは言えないのだが