ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ルーシャス・シェパード「美しき血」

「竜のグリオールに絵を描いた男」「タボリンの鱗」に続く「竜のグリオール」シリーズ第3巻、最終巻にして唯一の長編となるもの。

abogard.hatenadiary.jp

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最初の1冊を読んだのはもう5年も前のことか。あきらかにカバー画で衝動買いしたのだけれど、これが大正解で面白い本を3冊も読めた。よいことだ。今回第3巻がもっとも高価格な割にはページ数が少ないのだけれど、それは日本経済の失政の影響であって版元は悪くないよ!と声を大にして言いたい。出版関係いい話を聞かないことばかりな昨今で、決して大受けしない(でしょう?)タイプのファンタジー小説を無事完訳してくれたことに大変感謝するものであります。

今回の主人公はリヒャルト・ロザッハー。「タボリンの鱗」でちらっと名前が言及される、グリオールの血液から麻薬を生成しテマラグア沿岸部で大規模に蔓延させ、後に宗教的活動に転じた人物の、やはり

 

人 生 

 

を、綴るものです。いかにしてプロイセン生まれの貧しい医学生麻薬王となり権力の座から追われ、疑似宗教を起こして影の政治的フィクサーにまで登り詰めたか。そうして起こる隣国テマラグアとの戦争の危機に際して彼が何を見、どのような行動をしたかあるいはしなかったのか、やがて訪れる黄昏の時…。様々な男や女、敵であったり愛であったり道具であったり友であったりする様々な人間との出会いと別れ、いくつもの逡巡と決断とそのすべてに渡って立ち込める「自分は本当に自分の意志で動いているのか?単に竜の思惑に操られているだけのではないか?」というアイデンティティ・クライシス。そんな不安が人を動かしていく……。

 

そういうタイプのファンタジー小説です。説明に困る。困るけど面白いぞ。

 

翻って「自分はどうなんだろうな」って考えさせられるところだろうなあ。本シリーズの面白さはさ。もちろん現実の世界に竜はいない。いないけれども、自分がこれまで半世紀に至る自分自身の人生の中で対峙した逡巡や決断は、果たしてどこまでが自分の物で、どこからが他の何物かの思惑に乗せられていた物なんだろうなあとか、そういうことを考えるのよ。なんとなくね。これ若い人が読んでもピンと来ないかもしれないなあ……。

 

ルーシャス・シェパードは決してグリオールシリーズだけの作家ではないのだけれど(それは1巻の解説に詳しい)、本書は長年書き続けたシリーズの最後の1冊でもあると同時に遺作となったものです。そういうライフワークを持てるってうらやましいですね。