ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ルーシャス・シェパード「竜のグリオールに絵を描いた男」

 

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

 

 

いやー、久しぶりに骨太なファンタジー小説を読んだ気分。面白かった。全長6千フィート、高さ750フィートというとあんまりピンと来ないけど、悪のヤードポンド法を正しいメートル法に換算すると全長は約1.8km、高さは約228m。山のようなサイズのドラゴンに絵を描いて毒殺する男の話。という表題作は短編で、その巨大な竜グリオールの周辺に生きる様々な人々を描いた連作短編集です。本書には4本収録されていて、うち2本はボリュームのあるノヴェラ(中編)。

 

何を書いているのか、というのはなかなか説明しづらいもので、山のような巨体の竜グリオールは太古の魔法の効果で動くことは出来ず、そこには樹木が生え生命が育ち、人の住む町が出来てもいる。その竜の周辺に在る、絵描きであったり弁護士であったり、竜の体内に軟禁されたの女性であったり竜と婚姻して子作りさせられる男性であったりする様々な人物の

 人 生 

を、描いているような、そういう種類のファンタジー小説です。

数十年をかけて竜の広大な体表をキャンバスとし、そこを切り開き毒性を持った絵の具を用いて巨大な絵画を描き続ける作業は、巨大な土木工事というか環境破壊のようでもあり、1980年代に生まれた作品だなあと感嘆される。人々が決して善人としては描かれないように、麻痺し続ける巨竜グリオールも善なるものではなく、むしろその精神の力は邪悪で、広範囲かつ長期間にわたって人間の行動を支配しコントロールする。竜の間近で暮らす人々の、どこまでが自分の意思でどこからが竜による支配なのかは誰にもわからない。

巻末には著者自身による「作品に関する覚え書き」があり、更におおしまゆたかによる解説もなかなか読ませる内容です。後者を読むとなるほど著者の言ってることを額面通り真に受けることはちょっと危険かもしれない(笑)語り手は騙り手であり、むしろ騙りであるからこそ語りは面白いのだな。そういう感想を受けました。

内容としてはボリュームも備えた2本、「鱗狩人の美しい娘」や「始祖の石」に読み応えがあり、テーマの不条理さ、考えさせられるところでは「嘘つきの館」が優れているのだけれど、やっぱり絵的な想像が広がる表題作が一番良いかな。映像で見たいような気がしますが、イマドキならゲームなのかしら。

 

しかしヒューゴー・ネビュラ・ローカス賞はじめ様々なアワードを受賞した珠玉の名品揃い、本邦初訳の1本以外はすべて早川書房SFマガジンが初出のこの本が、なんでハヤカワからは出なかったんだろう?竹書房文庫は近年良い海外SFを出してくれているけれど、最近あんまりハヤカワのSF新刊読んでないよなーうーむ