ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

米澤穂信「さよなら妖精」

さよなら妖精 (創元推理文庫)

さよなら妖精 (創元推理文庫)

以前ハードカバーで刊行された時に割と評判だった一冊。デビューはもう少し前だったそうだけれど未読の作家だったのでとりあえずパスしておいた。

(ま、妖精が出てくるような話だし)

その後米澤穂信はいわゆる小市民シリーズの「春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)」「夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)」を読んでこれは面白かった。巷間ではライトノベル本格ミステリーの幸せな融合、などと言われていたが

(妖精が出るような話を書く一方で、本格ミステリーも書くなんてすごいなあ)

といたく感心したものである。

今回漸く「さよなら妖精」が文庫化されたので早速読んでみる

…すいません、特に妖精は出てきません。

いったいこの勘違いと遠回りはなんだったのだOTL

いや、良くできた青春小説・学生小説である。*1
ユーゴスラビアからやってきたちょっと不思議な少女マーヤと、ひょんなことから知り合った友達とのささやかな交流、ささやかな謎、大きな友情。
推理小説では「日常の謎」系と言われる種類の作品で大事件も起こらなければ名探偵も現れないのだけれど、普段見逃してしまいそうなちょっとしたひっかかりがマーヤの目によってはじめて「謎」として認識されるのは面白い。

多分、青春小説っていうのは「自分にもこんな事があったなあ」と懐古させるような類の作品なのではないかと思う。そしてその「事」自体は実際に経験している必要など無く、読者自身の心のフォルダからよく似たものを引き出し、作品に合わせるために加工されるような「思い出の思い出し方」をさせればかなりの直撃だ。自分の周りにはユーゴスラビアからきた女の子などいなかったし、弓道部で大会に出るような経験はさらさらないが

(自分にもこんな事があったなあ)

とか、思った。「偽ノスタルジア」とでも言おうか。

決して、ハッピーエンドな物語ではない。回想として提示される日常の謎の先にはなにか恐ろしいことが起こる流れが示され、異国からやって来たちょっと不思議な、妖精のような少女は別れを告げて去る。ある種のやりきれなさを残して物語は終わる。

それでもこれは実によい物語で、自分の中にあるノスタルジックな部分をいたく刺激されたのだ。

余談。

創元推理文庫の国内作品には「英語タイトル」が別につけられている。「さよなら妖精」の英語タイトルは「THE SEVENTH HOPE」である。「七番目の希望」とはなんなのか、それは読んでみなければわからない。

W杯日本×クロアチア戦当日にこの作品を読めたことに、なにか不思議な感慨を受ける。

*1:主人公は高校生だけれど学園は主な舞台ではないので「学園小説」とは呼ばない