- 作者: 米澤穂信
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2010/11/27
- メディア: 単行本
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魔法の存在する中世ヨーロッパ社会を舞台にした推理小説と聞いて上遠野浩平の「事件シリーズ」のような作品を想像していたら、はるかにヒストリカルな12世紀イングランドを題材に取った本格ミステリーだった。この分野に於いてはかのウンベルト・エーコの「薔薇の名前」を桂冠であるかのように頭上に感じざるを得ないのだが、しかしそこは日本の作品だからだろうか、魔法が在る社会だと言えばそれは確かに存在するのだ。サラセン人の魔術師は青銅の巨人を意のままに操り“呪われたデーン人”は首を落とさぬ限り滅びることは無く姿消しの燭台で人は姿を消して「暗殺騎士」の魔術は他者を呪い死に至らしめる。
そういう世界で起きた殺人事件を解決する時にさてどこまで超常現象を取り込むかと言ったらそれはなかなか難しいことだろうと考える。いや取りこんじゃえば楽なんだろうけど、アシモフが「鋼鉄都市」を執筆した際何と言ってたかを考えるにまああんまり取り込まない方が良いだろうと…
そういう魔法の設定を存分に取り込みながら、限られた容疑者の中から無実の者を外していく過程が論理的に証明されるから本格ミステリーとして十二分に成立している力作。硬質な文体に硬派な世界、魅力溢れるキャラクターたちと実に楽しい作品で、良い読後感を持てました。満足満足。とりわけ呪われたデーン人の軍勢がまさにソロンの港町に溢れ、手練手管の傭兵たちと戦闘を繰り広げるシーンは米澤穂信作品にあって初めて知るような興奮で引き出しの幅広いんだなーと、もう何度も思わされる。
この作品には妖精こそ出てこないけれど、(妖精が出るような話を書く一方で、本格ミステリーも書くなんてすごいなあ)と思ったのはあながち間違いでもなかったようで*1
「妖精を見るには、妖精の目がいる」と言ったのは神林長平だけれど、自分はそれほど本格推理を見る目を持ってないと思う。だから本格の人なら気がつくような瑕疵を、ひょっとしたら見落としてるかも知れないけれど、それでもこの魅力的なフーダニット作品の、途中で犯人がわかるように書いてあったのには驚いた。実に非論理的に、しかし道端にニシンが落ちてるようにはっきりわかるような記述だったんで、これはミスリードをさそう引っ掛けフックじゃないのかと疑ったぐらいだ。
そして最後まで読んで納得する。米澤作品に在って多くがそうであるのように、この作品もまた犯罪と解明の物語では、ない。
この物語は「剣と魔法の小説」、あるいは「騎士と女性の物語」なんだろう…
ところであとがきによると作者のアマチュア時代はもっと架空異世界的な作品も書いていたそうである。「折れた竜骨」の剣と魔法の世界観ではリチャード獅子心王が一体全体どんな敵を相手に十字軍遠征を行っているのかには、ちょっと興味を覚える(笑)