ラモックス―ザ・スタービースト (創元SF文庫 (618-8))
- 作者: ロバートA.ハインライン,大森望
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1987/11
- メディア: 文庫
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さて…どこから書き始めたらいいだろうね?はじめてこの作品に接したのは小学校の図書室で、岩崎書店版「宇宙怪獣ラモックス」(福島正実訳)asin:4265046541だった。現在でも児童書として版を重ねている同書、今では可愛らしい表紙イラストになっているけど当時はもっと劇画タッチでいささかグロテスクな、いかにも「怪獣」な姿が描かれていました。*1きっとこの宇宙怪獣ラモックスが人を襲い街を暴れて市民はパニック!そんな話だろうと思って手に取ったんだ。(小学生から図書室に入り浸ってるような子供は殺人事件や宇宙戦争や侵略世界を求めて止まないものであります)が、そんなものは拙い偏見に満ちた先入観であって、例え見た目がグロテスクだからといって内面までが怪物的なものだと考えるのは大間違いだと、大体そんなことを思わされた傑作でありました。その後しばらく経ってから創元SF文庫がハインラインのジュブナイルを纏めて刊行した際に「ルナ・ゲートの彼方」をはじめいろいろ読んだ…わりにはこの「ラモックス」に手は出さなかったなあ。内容を知っていたからというのが大きいのだけれど「完訳版」であることにもっと注意を払うべきでした。
いやー、面白いのなんの。主人公ジョン・トマス・スチュアート十一世くんの飼ってるペットの、トリケラトプス並みに巨大で目についたものはなんでも食べちゃう宇宙怪獣ラモックスが巻き起こす珍騒動…のような話がいつの間にか人類と銀河に強大な勢力を持つ異星生物フロシー星人との文明衝突に拡大していくダイナミズムを、いかにもジュブナイルな少年の視点と、宙務省常任次官ヘンリー・グラッドストン・キク氏という政府官僚からの視点のふたつの観点から描き、一見するとご町内冒険物のようでいて実は人間の(人類の)自立と矜持、義務と責任についての物語だという、ハインライン節がいい方向で結実した傑作ジュブナイルだと思う。例によって説教臭い面はあるのだけれど、なんとまあ全編これコメディなんで、説教臭さもあまり鼻につきません。ハインラインにして実に珍しい。揶揄も風刺もあるけれど、それが嫌味にならずに上手いレベルで落ち着いてるのはやっぱりユーモアの空気のおかげだろうと。
そうだ、藤子不二夫みたいなんだ。ドラえもんよりオバQよりで、且つ長編ドラえもんでもある。そんなイメージ
官僚を綺麗に描いてるのはよかった。とかく我が国ではカンリョウセイドガー的に浅薄な悪役となることが多いように思うけれど(実際、それも仕方がないと思うけれど)本来官僚制度とその精神は腐敗や不正のためでなく、国民を守り国家を機能させるためにこそ在る筈なので、そういう「理想」を唱えるのも、フィクションの大切な役割のひとつです。売文新聞と売名政治家はクソでいいです(笑)
大学進学を控えた年齢にしては幼稚すぎる主人公のメンタリティやあまりに薄っぺらい障害物に過ぎない母親像など文句の付け所もあり、また「人権」を有する知的生命体かたんなる動物かの境目が「手が生えてるか否か」だという設定はちょっとどうかなとは思う。後者の方は物語を上手く転換させるギミックとしてちゃんと作用しているので、ある程度は解った上での陳腐さなのかもしれないけれど…ともかく、そんな些細な瑕疵をものともしない本作の良さはヒロインが実に魅力的なところにある。
お転婆で利発、頭脳明晰で行動力に富んだベティのキャラは要所要所で物語をシフトアップさせる役割を果たし、特に終盤近くにキク氏に向かってジョンの――未来の旦那の――職務と肩書きについてネジ込んでくる様はフィクション一般でもなかなか見られないよいものです。が、それでも本作一番のヒロインは「七つの太陽系を統べる母系王家の第二百十三代当主としていずれは九十億人民の王となるべき皇女」ラモックスと愛すべきそのキャラクター性にあるだろうと、思うわけで。彼女の性格がこそ本作を単なる誘拐小説から慈愛SFとでも言うべきステージに高めているのです。あまのよしたか氏のイラスト(創元にしては珍しく本文中にも挿絵がある。旧版レンズマンみたいだ!)が、いまはこれでいいんだろうな。昔日に見た怪物もそれはそれで良かったけれど。よくごらんなさいな、ラモックスにはちゃんとアホ毛もあるんですぜ。
いや、触手の先端にある眼なんだけどなこれ。
いざ読み返そうと思ったらとっくに絶版、図書館にも置いて無くて結局神保町で見つけてきたんだけど…創元はこの名作を是非復刊させるべきだと思います。「天翔る少女」なんか出してる場合じゃなくてな(w*2
<追記>
岩崎書店の旧版、図書館の児童書コーナーで発見しました。うんうん、こんなヤツでしたよ。
内容の方はすごく上手く、そして短くまとめられているので大変真面目なお話になってる反面、コミカルさは若干スポイルされてるような。
*1:「帰ってきたウルトラマン」に登場する怪獣レオゴンを八本脚にしたような…って却って解り難いかw