カバーのあらすじに「迫真の近未来テクノスリラー!」とある。近未来テクノスリラーなんてとっくの昔に絶滅したジャンルだと思っていたので、未だにそんなのを書いてる人がいるのかと、そこは確かに驚いた。現代のスピードが速すぎてますます「近未来」を想像しにくくなっている昨今にあって、それはやっぱり珍しいことですね。
「近未来テクノスリラー」が全盛期(?)だったころは、概ね派手且つ陳腐な技術が先に立ってストーリーやキャラがいまいちな作品が多かったように思うので 正直あんまり期待しなかったんだけど…これは収穫で、ずいぶん楽しく読めました。
原題を「Corsair(海賊)」という。月から地球に送られるヘリウム3輸送ロケットを題材に宇宙海賊キャプテン・ブラックとアメリカ空軍エリザベス大尉の戦いを描くという、ストーリーだけ聞くと本をブン投げたくなるようなものなんだけど、地味でシリアスな宇宙機の戦いを地上からのリモート操作で機動させる、ドローンやUAV戦闘機の延長として見せている感じです。静謐な宇宙では秒速5メートル(!)程度でもっさり動くお話を、しかし地上の側ではヘリウム運搬ロケット強奪犯罪が、実は月面基地に対する大規模なテロ作戦へ変貌し…とまあいろいろ動く。アクションもある。ちなみ月への有人宇宙飛行はファルコンロケットが使用されていて、ファルコンの運用をSF小説で読んだのはたぶん初めてだなー。
VRインターフェイスやヘリウム3を用いた核融合技術(巻末解説でも触れているけど核融合に関しては背景設定に過ぎず、技術レベルがどれぐらいなのかは本編ではあまり説明されない。マクガフィンに近い)など未来技術はあるけれど、現代の社会と地続きな、これは確かに近未来テクノロジーを扱ったスリラーだな。「海賊絶対殺すウーマン」なエリザベス大尉のキャラがイカす(笑).45口径ジャイロジェット弾を入手してこっそり衛星に積み込もうとしたり、内之浦も顔負けなチープな設備で衛星動かしたり、「航空宇宙軍史」とか「はやぶさ」が好きな向きには受けそうな要素が結構あるぞ。
月面の作業ロボットがレゴリス避けに「宇宙服」を着ていたり(カタチは不明である)、地味ながら感心させられる描写も散見されます。FBIのドミニク捜査官やヨットで世界一周系女子大生ブロガーのアンとか、脇も楽しい。この作家の名前は覚えておいてもよいかも知れません…