以前はハヤカワSF文庫で3冊出ていたスペースオペラ、ノースウエスト・スミスシリーズを一巻本にまとめて創元から刊行されたもの…なんだけど、2008年にも論争社から「シャンブロウ」のタイトルで出てた*1んですね。それは全然知らなかった。それで論争社版はかつてのハヤカワ版と同じく仁賀克雄訳で、こちらの創元版は中村融・市田泉による新訳と。まあ新訳とはいえ1930年代のSFだから話は古い。真夜中に金星の波止場で木製の桟橋に寄せる波音を聴いていると、突然謎めいた美女が現われそこから危機一髪の冒険に…みたいなのがいくつも載ってます。まだSFとFTが混然としていた時代の作品で、未来が舞台でも古代の神々とかそういう類の存在もよく出てきて、火星や金星をネーウォン*2とかにしてもぜんぜん成り立ちそうだなぁ…とか思っていたら、後に夫となるヘンリー・カットナーと共著の「スターストーンを求めて」は同じくムーアの手によるファンタジーシリーズ、ジョイリーのジレルと共演するクロスオーヴァ―作品だった。魔術師が闊歩するような16世紀のフランスが舞台になってて、そして全然違和感がない。いつでもどこでもヒーローはヒーローなんでしょうね。
ハヤカワ版では松本零士がイラストを手掛けていたことが有名だけど、やはり主人公ノースウエスト・スミスをはじめとするそれぞれのキャラ立ちがいいんだろうな。スミスはちょっと斜に構えたアウトローなガンマンで、キャラの造形自体はこれ西部劇などアメリカ文化の伝統でってスペースオペラがそもそも「宇宙でホースオペラ」だものね。相棒(とはいえ毎回出るわけではない)の金星人ヤロールは熾天使のような見た目だけれどスミスよりも冷酷で、人間性より獣性(ネコ科だ)の方が勝っている…らしい。かつては多くのSFパイセンがシャンブロウにぞっこんだったことで名高いシリーズだけど、いまどきはこりゃ女性層にヤロールのウケが良いんだろうなーとかで読んでいくと、いまどきどころかハヤカワ版の当時からヤロールは女子受けが良いぞと、あとがきで翻訳者の一人市田泉が切々と語っていて(笑)
個人的ベストを上げるとしたら実はジョイリーのジレルが可愛い「スターストーンを求めて」なんだけれど、デビュー作である「シャンブロウ」のインパクトは確かに強い。そして最後に置かれている掌編「短調の歌」(わずか3ページの、同人誌に寄せられた原稿)がしみじみと良い。