ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ロバート・トゥーイ「物しか書けなかった物書き」

物しか書けなかった物書き(KAWADE MYSTERY)

物しか書けなかった物書き(KAWADE MYSTERY)

よく出来た短篇小説というのはそれ自体がひとつのジャンルであって、個々の作品が推理小説だろうが恐怖小説だろうが空想科学小説だろうがそこにはなんの差異も違いも無い。よく出来た短篇小説にはひとつの共通点があって…


よく出来ているのだ。


どれも手が切れるほど鋭い最後の一行がきりりと締める作品集。なんとなく哀切を感じさせるようなタイトルの表題作は、執筆中にある種のトランス常態に陥ると、頭の中で思っていたことが実体化する破目に遇った売れない小説家のお話。具現化する物がタイプライターの打ち出す文章ではなく脳内の妄想だというところがミソで、それは結末への仕掛けなのだけれど、こうして今感想を書いているときですら自分が脳内で思うようには文章を造り出せないものなので、なんだかひどく胸を打たれる。「物しか書けなかった…」というのは以下のようなことで

彼は、一杯ひっかけた。それから、もう一杯。目もくらむような天啓に打たれた。「わかった!おれが書けるのは、手で触れることのできる実体のあるものだけなんだ」
「どういうこと?」
「ハタと思い当たったのさ。触れないものは書けない。たとえば、金がそれだ」
「いつからそうなったの?」
「金は紙切れだ。相対的な価値にすぎない。おれは、価値は書けないんだ。実体のあるものしか書けない」
「なんのことだか、さっぱり」
「おれにもわけはわからない」

正直よくわからない縛りなのだが、よくわからないほど泣きそうになる(w

また三流ハードボイルド小説の作中人物である探偵と創造主たる三流ハードボイルド作家との相克を描いた「いやしい街を…」などはもう滂沱が止まらないよ!

他にも正統派なミステリーやホラー、さらにはドタバタなコメディまであって大変面白い読書時間を過ごすことが出来た。良い本だ。