- 作者: フェリクス J.パルマ,宮崎真紀
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/10/08
- メディア: 文庫
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さて人類の救世主シャクルトン将軍あらためチンピラくずれのときどき俳優主に底辺のトム・ブラント君がその後どうなったかと言いますと、ひろったパラソルをどうしよう。超美人だったしもう一度会いたいなあ。でもインチキ芝居の秘密を守るためには二度と再び会えません。そんな悩みを抱えながらロンドンの雑踏を歩いていたら身なりの良い女性にぶつかりおっと失礼「あっ」
「あアッ!?」
そりゃクレアさんとばったり再会しないわけには行きませんなお話し的に。「シャクルトン将軍!」「ですよ」「未来から来たんですか!」「ですよ」「一体何のために!」「あなたのパラソルを返しに」「えっ」「でも今持ってないので」「えっ」「あとでお茶しませんか」
うっかりナンパしちゃいましたよイヤですねえ男って。幸いにして19世紀ロンドンには恋人同士が逢い引きできるようなティーハウスもあったので、そこであることないことでっちあげて丸め込むのです「過去にやって来た本当の理由はオートマタの発明者を消し去るという重大な任務のためなのです」ターミネーターかよ。幸いにして19世紀ロンドンの人は20世紀ハリウッド映画なんて知りませんし何ということでしょう、咄嗟のでっち上げに丁度ピッタリな人物がいました「あの自動ピアノ会社の人が!」「えっと…まあそいつです、きっと、たぶん」「やっぱり!」会話はあらぬ方向に向かいだして何故か二人は文通してたことになりました。してたっつーかこれからするっつーか、とにかく未来の過去と過去の未来の出来事でもう決定された運命なのです「ステキ!」「そんでこのあとそこのホテルにしけこんで一発」「ギャース!」
そりゃ19世紀の上流階級ご婦人に突然そんな話を振ったらキゼツしますわな。こっそりの逢い引きのはずが大いに目立ちまくり、ドタバタしながらクレアさんもお覚悟決めてふたりはしっぽり…のはずですが、肝心のシーンでは作者が記述に介入し、ホテルの廊下のランプの明かりが作りだす様々な影について語られます。神視点って嫌われますよホントに。
そんなこんなで夜が明けて、どうせ興行主にもバレちまってるだろうからさあ来い殺し屋いつでもドカンと待ち構えてもちっとも来ません。街に出てみたトム君がまーさか本気にするわけないよなと手紙の受け渡し場所に行ってみるとばっちり置いてありましたよ激ラヴのラヴレター。やりとりの回数も言っちゃったしどんなことを伝えたかも話しました。しかしこれから返事を書かなきゃならないトム君は、文字は読めても書けません。文才なんてからきしだ。さてどうしよう誰かを抱き込んで代筆を頼むにも、「未来から来た男」の恋文を書けるほど想像力豊かな人間なんてイネーヨと部屋の片隅に目を遣ると
「タイムマシン」H.G.ウェルズ著。
いたーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!いましたよぴったりうってつけの人物がッ!そこでトム君馬車もないのでウェルズ亭まで走り出す夜。
サリー州のお宅に着いたそのときに、ちょうど追っ手も現れる。やはり来たか殺し屋。馬にまたがり銃を持って、まるでたった今人を殺してきたばかりのように凶悪な、まるでたった今切り裂きジャックをアレ?「殺し屋!」「時の番人!」まーそーなるわなあ。
そこはお互い様ですが、なんとかかんとか逃げ延びて、朝になったら上手いことアンドリュー&チャールズコンビが帰った頃合いで再度ご訪問。「あなたがウェルズか」「ですよ」「わたしはシャクルトン将軍と言って西暦2000年の未来から」「そのネタなら知ってる」「えっ」
なんということでしょう、マリー時間旅行社のギリアム・マリー社長はかつては小説家志望の徒でウェルズの元に自分の原稿持ち込んでたのでした。「ぼくの小説どんなでしたキラキラ」「クソだな」「」
おぼえてやがれ絶対にギャフンと言わせてやるからな!そんなこんなで時間旅行のお芝居の筋書きはボツ原稿そのまんまなのでした。下読みだけが知るこの真実。こえー、ワナビこえー。
つまんねえ話だなわたしゃ知らんよとすげなく断ろうとしたらもー隣で奥さんキラキラしてますよロマンスですよ。どうもこの話を随所で動かすきっかけになるのはウェルズ夫人なんだなあ。やってみれば楽しいしクレアさんは作者の野郎がすっ飛ばした濡れ場シーンを克明に返事に書いてくれたし皆大喜び。興が乗じてクレアさんのお家を訪ねてみるのもシラノ・ド・ベルジュラック的展開か。まーばっちりトム君にも見られてましたけれど。
全部の手紙の受け渡しが終わり双方幸福なまま幕を閉じ、小汚い部屋にトム君が帰ってくれば時間旅行社の役者仲間に臨時収入があったとかでちょっとしたパーティーです。「金持ちに雇われてさ」へぇー「切り裂きジャックを演じてくれって」へええええぇー。面白い偶然もあるものですね。イイ具合に酔っぱらったらつぎは勿論行くとこ行きますよえ、何処にだって?言わせんなよ恥ずかしい。波止場に決まってんじゃねえかよくも秘密をバラしやがったな。あろうことかトム君とクレアさんの逢瀬は全部マリー社長に知られていたのです。もちろん手紙の中身もですよきゃー。あわれトム君未来世界では人類軍の戦友であった仲間に裏切られ、ロープに縛られ岩結びつけられてテムズ川にドボン。サヨナラ!第2部完ッ!!
と、思うでしょー?でもね、テムズ川の底にはオートマタのソロモン王ではなくて潜水服を着込んだオートマタのソロモン王役の同僚が控えていたのです。役者仲間もみんな承知で興行主をダマくらかしていたので殺し屋なんていなかった。トム・ブラントはいまここで死んだッ!俺はテッカマンブレードだッ!!
違います。
こんどこそ「人類の救世主」シャクルトン将軍に生まれ変わった男は何もかも投げ捨ててクレア・ハガティ嬢のもとへと向かうのでした。「君を愛するためにもう一度未来からやってきたんだ」大・団・円 !泣ケルー
ここまでが第二部の内容です。タイムトラベルなんてロマンスの前には無意味だす。でもこのロマンスを成立させているのは「時は旅することができるもの」という、ひとのSFな想像力なんだよな。
そして第三部はギャギャーン!ロンドンに怪事件!!身体に直径30cmの大穴を開けられた身元不明の死体が出ました。捜査に向かったギャレット警部補は皮膚も内臓も跡形も残さず焼き溶かしたような傷跡の残る死体、現代の技術では到底不可能に見えるこの事件の真相を直ちに見破ります。まるで光線銃でも使わったかのような犯人はそう、これは
「未来人のしわざだ!」
言い忘れてましたがこのギャレット警部補、第二部でマリー時間旅行社のツアーに参加してた人物でした。その後出てこないからすっかりボーキャクしてました。たとえ西暦2000年の未来でも、ロンドンに在する者ならヤードの管轄。張り切って上層部に掛け合い正式に令状を取ってマリー社に向かうのです。「3回目のツアーでシャクルトン将軍を逮捕しますんで協力宜しく」さあ困ったぞマリー社長。警察の捜査が及んだらインチキなツアーがバレちゃいます。三度目のツアーの前に真犯人を見つけ出さねば!誰に頼めばいいだろう。
そのころH.G.ウェルズはってまたお前か。はいそうですよ。あの一件以来妻にも内緒で夜中にこっそり屋根裏の偽タイムマシンに座して物思いにふけるのが日課となっててつい戯れに西暦2000年5月20日、例のツアーが設定している日付に合わせたその時!
意識を失い目がさめたら2000年の世界にいました目の前にはオートマタでマジかよ!「いやウソなんだけどさ」はい知ってました。彼を連れ去ったのはマリー社長でした。既にしてウェルズ宅に忍び込んで文通手紙を盗み見もしてたんでなにを今更でもあるが。事情を説明し協力を求めるマリー社長、ウェルズ氏にはこれっぽっちも協力するいわれなんてありませんけど
「でも本物の未来人に会えるかも知れないんですよ」
今度こそタイム・トラベル キタ――(゚∀゚)――!!
あらすじは書くのはここまでで、あとは読んでのお楽しみ。時間旅行は可能なのか?謎の殺人者は本当に未来からやって来たタイムトラベラーなのか?謎の語り手の正体も上巻の感想では敢えて触れなかったマリー時間旅行社の玄関脇に牛糞塗りたくられるしょっぱい事件の顛末も、すべてはこの第三部で語られます。翻訳刊行当時は年間ベストに上げるひとも多かった、紛れもない傑作SF小説。いや「SFの小説」か。想像力が人を救う、よいお話でした。