ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

佐藤亜紀「黄金列車」

黄金列車

黄金列車

  • 作者:佐藤 亜紀
  • 発売日: 2019/10/31
  • メディア: 単行本
 

「スウィングしなけりゃ意味がない」*1に続く第二次世界大戦もの。あちらがドイツの無軌道な若者であったのに対して、こちらはハンガリーの中年~初老の公務員たちが主体となる。タイトルになっている「黄金列車」というのは大戦末期にハンガリーの国有資産を鉄道で疎開させようと実際に有った出来事だそうで、国有資産というのはつまりユダヤ人没収財産である。お話そのものはフィクションで、主人公バログは妻を亡くした初老の(というか老け込んだ中年か)の官吏で、この他にも様々な人物がいかにも役人的な手法を駆使して老獪に危機を乗り越えていく。とはいえ積んでる物は後ろめたい代物ではあるし、ユダヤ資産管理委員会のメンバーも決して正義とか善行を成し遂げているわけでもなく、必要であれば買収も贈賄も(実に役人的に)行い、建前と矜持を守ってまあいろいろ。

走馬灯のようにバログの回想が挿入され、ユダヤハンガリー人であった旧友のヴァイスラーとその一家、バログ自身と妻のカタリンとの生活がいかに時代に翻弄され、破壊されていったのかが段々と明らかになっていく構成。人生も下り坂に入ってくるとこういう話は滲みるもので、「スウィングしなけりゃ意味がない」の勢いの良さとは違った味わいでもある。ほとんどのキャラクターは創作のものだけれど何人か実在の人物がいて、知る人ぞ知る「イッタ―城の戦い」と交錯していたのがちょっと面白かった。それに気づかされるのは巻末の覚書を読んでのことではあるのだけれど。

しかしタイトルの割に地味で陰鬱な装丁なのは、それはまさしく作中の雰囲気を表していてこれはよいな…と思う。

 

人生の下り坂にあって自分ではない誰か他の人間に希望を託したく思っているひとにはおすすめ。