ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

D.L.ロビンズ「クルスク大戦車戦」上下

クルスク大戦車戦〈上〉 (新潮文庫)

クルスク大戦車戦〈上〉 (新潮文庫)

クルスク大戦車戦〈下〉 (新潮文庫)

クルスク大戦車戦〈下〉 (新潮文庫)

第二次世界大戦に於いて、「クルスクの戦い」はスターリングラードのそれと同じく、あるいはそれ以上に戦争の趨勢に影響を与えた。にも関わらず歴史家・研究者・軍事マニア・戦車モデラーを除いた「一般人」にはあまり知られてはいない。それは非常に残念なことであるので、本書のような戦記エンターテインメントが出版されるのはまことに喜ばしい。日本だと映画はともかく文芸作品ではなかなか目にすることが少ない分野で、いまちょっと思いつくのは池上司ぐらいか。
著者は「鼠たちの戦争」を書いた人で、 これはジュード・ロウ主演映画「スターリングラード」の原作である。 (訂正:この記述は誤りで「鼠たちの戦争」は映画原作ではありません)自分は原作未読で映画しか知らないのだが「スターリングラード」がソ連軍よりの視点だったようにこの「クルスク大戦車戦」も視点の依るところはソ連軍とその兵士だ。(キーになる人物は4人いて独・ソそれぞれ2人づつ)だからまぁソ連好きには遠慮なく薦めるがドイツ軍ばんじゃい!な人は微妙かもしれない。
ソ連側の主軸は「親子」はたまた「家族」でこれは恋愛を前面に押し出されるよりよっぽど良い。馬を降りたコサックの父子ディミトリーとワレンティーンの操るT−34<プラトフ将軍>号がいわばソ連側の主役*1
ドイツ側はちと変わっている。こちらもキーとなる人物は2人、どちらも武装親衛隊第一装甲師団「LSSAH」のひとりは情報参謀のブライト大佐でもうひとりは義勇スペイン兵のルイス・ベガ大尉。どちらもいささか場に違った存在である。ブライト大佐に至ってはソ連側に情報をリークし続けた「ルーシー」組織の一員だったりする。
…作者はアカなんだろうか(笑)

両軍合わせて6千両以上の装甲戦闘車両が精精関東平野程度の地域に展開して激突した、というのは空前にして絶後、世界最大の戦車戦である。近年ロシア側資料などによって明らかになったように、これまで思われたほどに密度の濃い戦闘ではなかったようであるし「プロホロフカの大戦車戦」とよべるほど大規模な焦点となった戦闘もどうやら発起しなかったようなのだが、それでもイメージとしては捨てがたいものがある。映画にしてくれないかなー。

俊敏なT−34、堅牢なティーガー。似て非なるこのふたつの戦争機械が全力を尽くして戦い、ただの鉄塊となる最後の瞬間まで暴威を振るい続ける。人間が戦車を動かすのではなく、戦車を動かすための部品として人間が必要なのではないかと、そんな錯覚まで抱かせるような愚かな技術の集大成が、お互いをただ破壊するためにああいかんな、これ以上は冷静に書けそうもないので。

*1:ちなみにキーになるのは父親である。息子の方ではない。ソ連側で二人目のキーは…ヒミツだ