- 作者: スティーヴンプレスフィールド,Steven Pressfield,三宅真理
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2000/09
- メディア: 文庫
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サブタイトルで解る通り、ペルシア戦争で名高い「テルモピレーの戦い」を描いた歴史小説。以前、学生の頃このエピソードに関連して「占いというのは本来当たるものであり、『あの人の占いはよく当たる』という言い方はおかしい」という話を聞いた。それは随分印象に残っていて以来卜占というものを信じた例しがない。「あなたは死にます」と託宣されて、それがなんだというのだろうか。人は皆須く死に行く者であるのだから。
寡を以て衆に対する戦闘、という図式を好むのはなにも日本人に限ったことではなくて、世の中大抵の軍事フィクションはそれを描いている*1。スパルタ軍300対ペルシア軍2万というテルモピレーの戦いが、爾来2500年を経てもこのように物語られること自体が、そのような図式になにがしか人を惹きつける魅力があることの証だろう。幸か不幸か自分はこの時代についてまったく知識がない。故に描かれた文章が史実と比べて正確であるか否かについては考慮することなく読み進められた。
戦争技術の発達方向のひとつに、時代が下れば戦闘距離は広がっていくというものがある。現代の戦闘機、特に最新鋭のものは敵機を直接視認することなく戦闘を遂行するように設計されている。レーダー画面に映る光点だけが敵の姿である。古代の戦闘にはレーダーも誘導ミサイルもない、基本は白兵戦だ*2。「血湧き肉躍る」という表現がまさに適合する、重装歩兵の密集隊型(ファランクス)対アジア全土から動員されたペルシア帝国支配下諸国部隊の激突は本書の白眉であり、手に汗握る筆致である。
ギリシア語で「熱き門」を意味するテルモピレーの戦いで、唯一生き残り捕虜となった従者クセオネスによって語られるスパルタ軍と兵士達の物語はいわば「友情・努力・敗北」とでも言うべきテーマであり、簡潔に言って「燃える」。相対立していた人物達が盾をかざし槍を構え、方陣の中奮闘し倒れる、そんな話だ。
旧日本軍の大本営が「玉砕」という単語を敗北の美名として用いたのは太平洋戦争のアッツ島守備隊の全滅が初の事例なのだが、やはりこの本にもどこかしらそういう怖さはあると思う。作者自身はテルモピレーの戦いとそれに続くペルシア戦争に於けるギリシア軍の勝利によって
芽生えたばかりの西欧民主主義と自由は、若芽の内に摘み取られる運命を免れたのである
と前書きに記しているのだが…
正直言ってこの小説は、ある種の「ウォーノグラフィ」*3なのだと思う。それゆえ疑いようもなく、
楽しいのである。
6年も前に出版された本であり、扱っている舞台もいささかマイナーなものではあるが、
…これは傑作だ。