ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

一ノ瀬俊也「米軍が恐れた『卑怯』な日本軍」

米軍が恐れた「卑怯な日本軍」―帝国陸軍戦法マニュアルのすべて

米軍が恐れた「卑怯な日本軍」―帝国陸軍戦法マニュアルのすべて

いささかアレ気なタイトルとかなりアレ気な装丁でなんですが、内容は至って真面目な研究書籍で正直もう少し見た目をなんとか出来なかったのか、と疑義を挟まざるを得ない(笑)1945年8月に米軍が発行した対日戦闘マニュアル(“コロナ”や“オリンピック”などの本土侵攻作戦を想定したものだろう)に描かれた日本軍の「卑怯」な戦術・兵器解説から実相を見据える…というのはあくまで第一章の内容で、以降は「何故そこに至ったか」を考察する「日本軍戦闘教本の歴史」の側面が強いように思う。日中戦争の戦訓が如何にマニュアル化され、軍の基本戦術に取り込まれていったかは実に興味深い内容だった。日米両軍のマニュアルに掲載された写真、図版など資料的価値の高いものが多く掲載され、またマニュアルばかりでなく当事者の回想録などから「それが、どう受け止められていたか」も推察することが出来て、単純に資料提示して「○○である」と断定するようなこともない。


もっとも「解釈」も両刃の剣なのであって、引用される資料の合間に差し入れられる著者本人の解釈に、時折牽強付会なものを感じたことも確かです。いささか、ではあるのですが。


全体を通じて一般に広がる*1「精神力に偏重した旧日本軍」のイメージを払拭させるような雰囲気は確かにあり、それは重要な意義を持つものと考えますが、若干「目的」化してないかなーと、そんな印象か。山本七平と堀栄三の著作に言及している箇所で特にそう感じるのは、その二人の著作でイメージを形成されてる層が多いからだろうと、なにしろ自分がそうだからそれはよく解る(笑)


 ※ところで本書ではふれられていませんが大本営陸軍部が昭和19年に作成した対米戦闘マニュアル「敵軍戦法早わかり」は現在同人誌で復刻されています。この分野に興味がある向きにはhttp://hanmoto1.seesaa.net/をチェックだ。


陸軍が軽機関銃を重視していたのは、たまにお笑いネタのように扱われる「軽機に銃剣が装着できること」がまさにその眼目であって、分隊支援火器に歩兵突撃への追随と陣内戦闘までを担当させていたのは他に例を見ない。ではなぜ突撃を重視するようになったのか、「小銃部隊はとにかく射撃を嫌う」「一般小銃手の射撃はほとんど効果がない」という前線からの報告は貴重で、デーヴ・グロスマン「戦争における『人殺し』の心理学」で報告されていたような事態が日本軍でも起きていたのではないか…と、それは自分の勝手な感想。狙撃を重要視した割りには専門の狙撃学校を設立し得なかったのは何の限界だったんだろうな?技術者も職工も徴兵されたらただの兵隊として扱われた「公平」さと、それは裏返しの関係なのかな。


おそらく同じ一次資料を典拠にしているのだろうけれど「太平洋戦争の日本軍防御陣地」*2や「激戦場 皇軍うらばなし」*3で見かけた図版や資料に再見して、あの辺が好きな人なら必読でありましょう。航空爆弾を加工して地雷にって話はいつでもどこでも聞くことだけれど、飛行場近傍に埋めて地上銃撃する航空機を落としたってのはなんだかすげぇな。

 このことから我々が掴みうるのは、どの国の軍隊であろうが火力で勝る敵には同じような弱者としての戦法で抵抗するしかないという冷徹な原則である。中国軍と日本軍のどちらが強かっただの、卑怯だっただのとその国民性をあとから比較することにあまり意味はないように思う。

引用は本書第二章、やや中ほどの箇所で書かれたまとめだけれど、ここが一番のキモかと思われる。正規の軍事力で劣る側が優勢な敵に対抗しようと思えば奇手や搦め手に走るのはむしろ当然で、それは日本軍もベトナム軍も現代の非正規テロリストも、そしておそらくは(実際にそんな局面に陥るのは精々映画の中ぐらいだが)アメリカ軍であってもなんら変わりはないだろう。負ければ「卑怯」と呼ばれ勝てば「賢い」と賞せられる。戦時下のパラダイムシフトってそんなもんだな。


そんで人間負けが込みに込んでいろいろ天元突破しちゃうとパラダイムもシフトしまくりの一例。(本文から、昭和20年1月台湾軍司令部作成『対米戦闘虎の巻』よりの引用)

しからば対米戦法の狙いをいずこに求むべきか、なるほど彼我の物質的の開きはお話しにならないほど大きいが、これら物質を生かすべき兵員の数はほとんど大差ないという事実である。これは重要な着眼で早い話が汽車を止めるに大砲や爆薬を使う方法もあるが肝心の機関手を狙撃するのが一番簡単である。(中略)すなわち小銃弾一発をもって確かに汽車を止める方法を発見し得るのであって貧乏世帯の戦闘法としては最も能率的である。そこでもし今一人の兵が戦死したとしても彼が確実に二人の敵を斃しているならば敵が殲滅された時においては我はいまだ半数の兵力を保有している道理で、これは完全に勝利である。


>>これは完全に勝利である。
>>これは完全に勝利である。
>>これは完全に勝利である。



「金持ちケンカせず」って言うけどさあ、貧乏も仲良くするべきだよね。

*1:とはいえどこの「一般」なんだろうな

*2:http://d.hatena.ne.jp/abogard/20060508

*3:http://d.hatena.ne.jp/abogard/20060325