ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ジャック・ヴァンス「奇跡なす者たち」

「異郷作家」としてつとに知られるヴァンスの短篇集。以下収録作品について個別に(ネタバレ含みます)

・「フィルスクの陶匠」

 冒頭から陶芸SFに度肝を抜かれる。陶芸ってSFになるのか。人間の遺骨(ときにはまだ遺骨で無い人間)を釉薬材料として陶器を製作する惑星フィルスクの奇妙な風習と、それを止めさせようとするいわゆる銀河連合的な<機構>の若手官僚の話。あるいは無能な上司は如何にして美しいオブジェとなり得るか。


・「音」

 遭難者の孤独と、救助者への拒絶。幻想への極めて現実的な逃避。


・「保護色」

 惑星改造、テラフォーミングもの。対立する二つの勢力はひとつの惑星を巡って生態系を植え付け、破壊し、進化させ、また破壊し、争いの果てに一方は勝利しさらなる発展を予感させるけれども、遺跡から発見された謎の四文字が実に皮肉を利かせて秀逸。どちらの勢力も元は同じ星の生まれで、その伝説の星は…


・「ミトル」

 人類文明が崩壊した後と思しきカブトムシ文明(?)の発達した場所で、ただ一人生きていく少女ミトル。空からやってきた船は3人の乗員をこの惑星に降り立たせるが、が…。何も起こらないことが非常にやるせない、押さえきれない衝動がしかし誰にも拾われない、悲しいお話。


・「無因果世界」

 因果律の崩壊した世界でその因果律が回復する様を描いた、アナーキズム宇宙論小説。なにを言ってるんだかよくわからーねーだろーが、自分でもなにを言ってるんだかよくワカランw


・「奇跡なす者たち」

 表題作、中編程度のボリューム。遠い未来、人類が版図を広げて移住した先の星が舞台で、文明レベルは中世程度まで後退している時代。人類同士の戦争には刀槍類の他にごくわずかなロストテクノロジ―と大規模な魔術が用いられている世界。呪いや憑きものと言った魔術(術者は「咒師」と表記され「ジンクスマン」とルビがふられる)の性格が人間心理の内面に働きかけるだけだというのが変わってる。敵対勢力をほぼ併吞したフェイド卿と配下の咒師たちは1600年前に人類がほぼ辺土に追い散らした先住生物「先人」たちの大規模な攻勢に直面する。昆虫じみた性質をもつ彼らには人類の魔法が通用せず、苦境に陥る咒師たち(その理由は先人達に知性や感情が無いためだとされてきたが、作中でそれは覆される。確固として存在する知性・感情の有様が人類とは全く異なるので、これまで心理的な影響を受けていないように見えていた…ということ)結局見習い咒師のサム・サラザールが奇跡を起こして人類と先人の間に和睦はなるのだが、ここでいう奇跡とは科学技術と実験結果による進歩思想のことなのだ。奇跡を信じる気持ちは太古の(宇宙時代の)人類文明を信じる精神で、この先の発展の気配を匂わせてこの話は幕を閉じる。ガジェットや設定はずいぶん異なるけれど、「奇蹟使い」シリーズを始めとする上遠野浩平のいくつかの作品の基盤になったものだと思う。過去を信じて未来に進むということが、奇し跡の効能です。前にもどっかで言ったねえ。


・「月の蛾」

 様々な仮面といくつもの楽器による複雑なコミュニケーション社会を構築している惑星シレーヌで殺人犯を捜索することになった新任の領事代理である主人公。前段でのコミュニケーションの(連続的な)失態はシレーヌ独特の社会を説明すると当時にクライマックスでの逆転劇の布石となる。なるほどこれは傑作で、しばしば代表作と呼ばれるのもうなずける。


・「最後の城」

 文明が衰退し(うん、またなんだ)ごくわずかな貴族階級が外宇宙から連れてきた異星生物を使役している地球が舞台。技術労働全般を担っていた「メック」種族の大規模な反乱に直面した城内の紳士階級たちは「遊牧民」や「贖罪派」など、自分たちのテリトリーから外れた人間達との共同戦線を構築しようとするが技術も無く尊大なグループにはつき従う者など現れない。やがて他の城は全て陥落し、唯一残された最後の城、ヘゲドーン城と人々の運命は…ロマン主義者は酷くショックを受けるであろう、衝撃的なラスト。


酒井昭伸による巻末解説はボリュームたっぷりで資料的価値も高く、読み応えがあります。作者ヴァンスは若い頃いろいろ苦労してるみたいなんだけれど、なんでしょうねあんまり引きずって無いような、どこか明るさを感じますね。本書に収録された作品はやけに文明が崩壊したり衰退したりする物が多いのだけれど、物語そのものはあんまり陰気ではないなあ。異文化の風習・風俗を書かせたら間違いなく練達の腕で、SFと異世界ファンタジーの、そのどちらにも成り得る性質を持っているような。

本書で個人的ベスト3をあげるなら「奇跡なす者たち」「フィルスクの陶匠」「月の蛾」でしょうか。ヴァンスの本は80年代には文庫で色々あったんだけれど、現在ではほとんど目にすることがありません。特に「魔王子」シリーズが品切絶版になっているのは人類に対する罪
だと思うので早川書房には猛省を促したいですね!!!!!111111!!!!!!!!!!!!!


あとがきによると国書刊行会は今後ヴァンス・コレクションを刊行するんだとかで、それは嬉しい。