ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ジョー・ウォルトン「英雄たちの朝 ファージングⅠ」

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

ルドルフ・ヘス和平工作が成って英独間に講和が成立している1949年を舞台にした歴史改変ミステリー。ユダヤ人に対するイギリス社会の目が厳しくなっていく中、和平交渉の中核を担い戦後イギリス政界の中心となったグループ“ファージング・セット”のメンバーである下院議員が大邸宅でのパーティーの翌朝死体で発見され、その傍らにはユダヤの六芒星が…というストーリー展開。誰がどう見たってそんなの薫製ニシンじゃないかと思うような、事件そのものと謎の解明は正直胡乱だけれど、イギリスの上流階級や使用人たちなどの描写は楽しい物です。

事件の関係者にやたらと同性愛者が頻出して、海の向こうでも腐婦女子作家は増殖しているのかピーター・カーマイケル警部補をホモォ…┌(┌ ^o^)┐にする必要はあるのかとやや鼻白んだ気分になったんだけど、ラストにこれをやるためかーと、そこは納得しました。殺人事件より歴史の変転とそこに翻弄される人々を描くのが、どうもこのシリーズの眼目らしい。カーマイケル警部補はこのあとも出世を続けて三部作通しての主人公の立ち位置にあり続けるようだけれど、貴族階級の家に生まれてユダヤ人の夫と結ばれ家系内で(あるいは階層社会内部で)複雑な地位に置かれて人生が変転する今回のヒロインのルーシー・カーンにはもう出番はないのだろうか。

原題の“FARTHING”というのは今回の舞台となる邸宅の名前、事件の中核となる人々の名前とそして銅貨の――小銭の――名前で「びた銭(ファージング)一枚の価値もない」という言葉*1にも掛けられていて効果的なタイトルなんだけど、日本語訳でシリーズ名として使うのはどうなんだろうか?

ほんでいったい誰が「英雄たち」で何が「朝」だったんだろうと、そこんところは激しくギモン(笑)

*1:作中ではチャーチルの台詞として引用されている。史実でも発せられた言葉なのかどうかは知らない