ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ハーラン・エリスン「愛なんてセックスの書き間違い」

 

 なんとも刺激的なタイトルで「『世界の中心で愛をさけんだけもの』には書き間違いがありました!」みたいな話を期待したいところだけれど、そんな訳はない(笑)

ハーラン・エリスンの初期作品を集めた短編集。もともとアメリカでこのタイトルで出版された著作はあったのだけれど、日本版の内容はオリジナルの編集である。ちなみにこの刺激的なタイトルは、個々の作品には無かったりする。いろいろややこしい*1

非SF作品というか犯罪、ストレートに暴力をテーマにしたものが多く、それは巻末解説でも指摘されているようにその後のエリスン作品の助走のようではある。社会(社会性)をテーマに執筆すれば必然的に暴力がテーマとなる時代や視座というものは確かにあって、それは執筆当時の時代や視点を反映するものだ。だから、これらの作品はいずれ陳腐化しなにか牧歌的なもののように受け止められることだろう。社会が進歩するように、社会の持つ暴力性も進歩していくのだから*2

それでもまだ、今この時とこの場所では、ハーラン・エリスン作品の暴力性はクールで鋭く刺さってくる。それはもちろん翻訳の鋭さに依るところが大きいのだけれど、若き日のエリスンが鋭く尖っていたことの、現れなのではあろう。

「ガキの遊びじゃない」「ジルチの女」「人殺しになった少年」とりわけこの3つが良いなあと、暴力って人を殴ったり蹴飛ばしたり銃弾で穴を開けることではなくて、それは個人の意に反して何かを強制することなのです。

*1:「パンキーとイェール大出の男たち」「教訓を呪い、知識を称える」の2本で台詞として発せられてはいる

*2:それは例えば最先端の殺戮機械であった第一次世界大戦当時の戦車や戦闘機が陳腐で牧歌的な存在に感じられるようなものだ