ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

福永武彦「古事記物語」

ファンタジーというか神話なんですが、「物語」と題されてるしまあファンタジー小説というカテゴリにしておこう。ちょっと児童文学を読みたくなって、あと池澤文筆一族初代の本って読んだことないなと思って手に取ってみる。昔から「古事記」を岩波文庫のを、確か大学の何かの講義で使うからというので古書で買って最初の方だけぺらぺら読んでそのまま本棚に挿してた。

神武天皇以降の話に、大して興味がなかったので(´・ω・`)

それでこの岩波少年文庫版ですが、戦後の1957年に刊行されたものであるので、そのあたりはどうなってるのかなあと見てみたら、まあ普通に天皇はカミサマなんであります。ナニガシカノミコトが後にダレソレ天皇と呼ばれました。のようなことが普通に書かれていますね。まあ、そうだよな。そこ変えたら古事記じゃないものなぁ…

しかし古事記って不思議なもので、神代のエピソードのうちいくつかは「童話」として受容されている。「因幡の白うさぎ」や「海彦山彦」などは絵本や紙芝居で接した記憶が確かにある。しかして十代のころには全く触れることなく、岩波文庫は原文(漢文)と読み下し文が入ってるけど、現代文で古事記読んだことないんだよな。いや、あるんでしょうけどなんか接してこなかったのよ「ライトノベル古事記」みたいなのって。あるのかほんとに、そんなの。

児童向けということで読みやすい文章で、ダイジェストされた内容ではあるものの、国造り神話から推古天皇までの世のできごとを物語風に説いたもの。且つて絵本や紙芝居で見たエピソードの様に道徳的な内容なのかと思いきや、日本神話って別に道徳的ではないので、低俗というか、俗っぽいです。むしろ読みやすい分ストレートであったりする。例えば

天照大御神の営田の畔を離ち、その溝を埋め、またその大嘗を聞ししめす殿に屎まりちらしき(原文は旧漢字)

岩波文庫版(倉野憲司校注)ではこのようになっている「須佐之男命の勝さび」の場面が、少年文庫版ではこう↓

姉が自分でつくっている田んぼにどんどんはいって来て、畔をこわしたり、溝をうずめたり、またその年のはじめてのお米をいただく御殿にうんこをしてまわるようなことまでしました。(ルビは省略)

>屎まりちらしき

>うんこをしてまわる

うむ、ストレートだ(´・ω・`)

読みやすくする、子供にも読める内容にするということで、ひとつひとつの文章は丁寧になっているところも多いのですね。しかし短くまとめるためには、端折るものは端折るか。そして神武東征以降の後半部分は実は初めて読んだのだけれど、まー血生臭い。やたらと裏切ったり騙し討ちしたり強引に攻め滅ぼしたりしている。天皇家ヒドス(´・ω・`) そりゃ十七条憲法とか仏教とか広めるわけだよなァ…とは思った。神話というのも世に様々あるけれど、宗教とか信仰とか、そういうものとは縁遠いですね日本神話。戒律や規範を説くものではないのだよなとあらためて。

 

それで子供にとって面白い内容なんですかねこれ(´・ω・`)

川村拓「事情を知らない転校生がグイグイくる。」⑭

順当に皆のリア充化が加速する夏休みの終わりと2学期の始まり。半年先には卒業を控えて、では全員が全員幸福を手に入れられるのだろうか?瀕死の水口くんとゴリラの脅威に晒される北川くんの明日はどっちだ。

ミニスカートでも容赦なくローキック決める曽根さん萌え(´・ω・`)

 

若菜晃子編著「岩波少年文庫のあゆみ」

カテゴリーに困るけれど、岩波少年文庫創刊70周年を記念して刊行された、いわばガイドブックで、史料的価値の高いものではあります。この分野にはさすがに疎くて本棚には「星の王子さま」ほか2冊ぐらいしかないけれど、児童書の文体や内容については知っておきたい気持ちもあるのでなんとなく読んでみたら良い本で、良い内容でした。岩波少年文庫の刊行は副題にもある通り第二次大戦終結後の1950年のことなんだけれど、その前身となる企画は戦時中に立ちあげられ、戦時下の統制で中止に追い込まれている。戦後の復興に併せて年少の読者に向け、善いものを作ろう、善い本を広めて行こうという意気込みは「発刊に際して」に力強く述べられているのだけれど、創刊50年を経てあらためて紡がれた「新版の発足に際して」もまた、力強い言葉で現代における本と読書のもつ意義、意味を説いたものであり、有り体に言ってちょっと感動しちゃったんだな。創刊から今に至るまでの歴史、著名作品の解説、関係各者の様々な文章(抄録も多いが)等、本文庫のもつ多彩な特色を紹介する内容です。

興味深いタイトルもいくつかあるし、ここからいくつか読んで行きたいところだけれど、さて今読めるのはどれなんだろうなあ。

 「子どもに向かって絶望を説くな」ということなんです。子どもの問題になったときに、僕らはそうならざるを得ません。ふだんどんなにニヒリズムデカダンにあふれたことを口走っていても、目の前の子どもの存在を見たときに、「この子たちが生まれてきたのを無駄だと言いたくない」という気持ちが働くんです。

宮崎駿

 サン=テグジュペリのフランス語にはリズムの美しさがある。日本語の訳文からも、それを感得させなければならない。

 妻の話によると、父は原文と口述訳文とを比較音読しながら、原文のリズムを訳文に移す試行錯誤を重ねた。一節一節をああでもない、こうでもないと、わずか一行に半日かかることも稀ではなかった。

内藤初穂

 古典の新訳はいいことです。おかげで、グリムもゲーテもドイツより日本で多く読まれています。自国作品の現代語訳は稀で、数種類もの訳となると、日本でも『源氏物語』ぐらいでしょう。翻訳によって現代語訳を読む外国人読者は、古語を読むしかない本国人より有利なんです。

池田香代子

 しかし、そのような時代であるからこそ歳月を経てなおその価値を減ぜず、国境を越えて人びとの生きる糧となってきた書物に若い世代がふれることは、彼らが広い視野を獲得し、新しい時代を拓いていくために必須の条件であろう。

岩波少年文庫創刊五十年――新版の発足に際して)

色々感銘を受けた言葉をそのまま並べてみる。良い本というのは、善いものですね。

そしてちょっと前にツイッターで「本格ファンタジーとは」みたいなことを言っていた人たちの視野に、果たして児童文学は含まれていたのだろうか?てなことを思う。

それでまた、アニメ化や映画化された作品も数多いんだけれど、そういうことには一切触れないのがなんていうかな、矜持なんだろうなあって思うわけです。

 

「シン・仮面ライダー」見てきました。

公式。

いやーよかった。実によかった。ゴジラエヴァウルトラマンと良作続きだったのでハードル高めな気持ちでいたんだけれど、まったく期待を裏切られることなくそれ以上に楽しみ、興奮し、高揚してきました。

以下ネタバレね

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ドナルド・E・ウェストレイク「さらば、シェヘラザード」

ミステリーのタグつけたけれど、別にこれはミステリー小説ではなくて、普通小説です。訳者あとがきにもそう書いてある。

 

どこが普通の小説だよ(´・ω・`)

 

すいません嘘つきましたいま。普通どころか相当イカレた作品ですこれ。

「ウェストレイクの未訳作品のなかに、なんかすごくヘンなのがあるらしい」「それも普通小説」「しかもメタフィクション」「第一章が何度もくりかえされてなかなか第二章にたどりつかない」「めまいを覚えるほどの傑作」「著者に殺意を覚えるほどの駄作」「日本で読んだことあるのはミステリ評論家の小鷹信光木村二郎だけ」「マスト中のマスト」「なんか知らんけど、とにかく究極」「嘘じゃないんだ!」などと。

あとがきによるとミステリマニアの間ではそんな噂が飛び交っていたらしい。そんな話を迂闊に信じていると、そんな話を迂闊に信じるような人間になってしまうぞ(´・ω・`) なお「嘘じゃないんだ!」というのはウェストレイクのノンシリーズ作品で訳も出てます。あとがきにまで楽屋オチを振るな(´・ω・`)

とまあ、かなり変な話ではある。ウェストレイクという人は多作で芸達者であることよなあと筆の冴えを楽しむことは、これはもう存分に楽しめる。ストーリーは破滅的で壊滅的なんだけどさあ。主人公のエドはポルノ小説のゴーストライターをやってて、これがまた壊滅的なスランプに陥っていて、何とかして新作を書こうとするのだけれどまったくストーリーは展開せず、途中から愚痴になったり自らの半生を懐古しだしたり偽の性交記録を記述し始めたりで、結局第二章には繋がらずまた新しい第一章を始める。本書のノンブルは上下二か所に在って、下は通常のページナンバリングだけれど、上の部分は今まさに書かれているポルノ小説の第一章冒頭から25ページが何度も繰り返されるという構造で、これDTPやった人大変だったろうなあ…

どこまでが小説の内容でどこからが作者であるエドの実生活なのか、話は次第に拗れて捻じれてメタフィクションの相互作用みたいな混沌とした小説空間が構成されるものです。やあ変な話だ。著者ウェストレイクの死後10年を経てようやく訳された、これは確かに傑作にして駄作です。嘘じゃないんだ!

それよりなによりこういう異色の作品を翻訳出版してくれる国書刊行会バンザイという話でもある。創立50周年おめでとうございます(´・ω・`)

 

伊藤典夫・編訳「吸血鬼は夜恋をする」

当初タイトルからホラーSFの作品集かと思ったけれど実際には副題にもあるように「SF&ファンタジィ・ショートショート傑作選」であり、またSFとかファンタジィが今ほどはっきりとジャンル・プロパー化する以前の時代の作品群でもある。だからいま読んだこの話はSFなのかファンタジィなのかどっちなんだろうとか、別に悩んだり考えたりする必要も無くて、SFでありファンタジィでもあるんだろうなあ。原型は1975年に文化出版局から発刊された同名のアンソロジーで、今回の文庫化にあたってSFマガジンや奇想天外誌に訳出した作品を追加したとの由。訳者あとがきにも

ぼく自身、この頃までのSFとファンタジィにもっとも愛着がある。(略)このおもしろさが、半世紀を経て、新しい読者に共有してもらえることを願っている。

とあるように、こういう時代の作品が持つどこか素朴な善良さ(に、限らないバッドエンドもあるんだけれど)というかなんだろうなあ、良いんだけれどやっぱり昔のものだなとも、思うところでいささか複雑な読後感ではあります。タミヤの古いII号戦車は良いプラモデルだけれど、やっぱりあれは昔のものでしょう?そういう感覚、かな…