たまには変わったこともしてみようと思い、手元にある旧日本軍戦車関係資料を紹介してみる。入門書から絶版本までいろいろ、あれこれ。
しかし現行流通している物でも、amazonで扱いがないのって在るんだなあ。
・「帝国陸海軍の戦闘用車両」デルタ出版刊、グランドパワー誌別冊。
参考までに表紙画像を挙げておく。
http://www.hlj.com/product/DEL1-07-08
どうやら現在は絶版となっているようだが、最近まで比較的見かけた憶えがある。ちなみに自分が持っているのは「戦車マガジン」誌の別冊で刊行された初版(1992年刊行)で、内容には多少の差異がある。今でこそ旧軍戦車の資料本は様々に出版されているが纏まった形で読めるのがこれぐらいしかない、という時期もあったのだ。
旧軍車輌を年次別に網羅したカタログ的な内容。執筆者は明記されていないが当時戦マガ編集部に在籍していた兵頭二十八で、解説にはややクセがある。大判の本ではあるが写真の質は玉石混淆、「想像図」は本当に想像だけで描いたものが多いので資料的価値は低い。また研究の進んだ現在では存在そのものに疑義を挟まれるものもある。
ダメ出しばかりしているようだが自分がこの方向に興味を持った最初の一冊なので是非紹介したかった。某編集プロダクションの廃棄物品から失敬してきたというのはヒミツだ(笑)
・「日本の戦車と装甲車輌」アルゴノート社刊、PANZER誌別冊
こちらは普通に流通しているがamazonでは扱いがない。アルゴノート社は表紙はこんな感じで、毒々しいミドリ色とお世辞にも上手いと言えないCGで随分損をしている。
http://www.hlj.com/product/SUN011
内容はPANZER誌に掲載された旧軍車輌関係の記事を纏めたもので、個々の車輌解説、また発達史的な側面も、内容としては掘り下げられている。いかんせん過去記事再録本なので前掲書同様、現在明らかになった「新事実」などはない。写真は比較的クリアーな物が多く、図面も収録されていてなかなかに良書だろうとは。この類の書籍で装甲兵車(兵員輸送車)にこれだけ頁を割いているのは珍しいと思う。
・原乙未生、栄森伝治、竹内昭共著「日本の戦車(上下)」出版共同社刊
戦後初めて刊行された日本戦車の研究書。復刊ドットコムにリクエストがあった。
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=14907
「日本戦車のバイブル」と呼ばれオークションではかなり高値で取引されている模様。自分は偶々神保町で見かけて比較的安価で購入できた。なるほど実用以外の趣味的研究というのはここから始まったものであり、記念碑的な価値はある。戦時中実際に開発に携わっていた方の文章であり、やはりそれなりに重みもあろう。流石に研究者の間では必携のものなので、様々な書籍で孫引きされている事柄も多い。正直言って万単位で入札するならばその分他の書物に目を通すべきではないかと思わないこともないが…やっぱり読みたく思うのは人情だろうな。面白いのは日本軍だけでなく自衛隊装備車輌を、国産のみならず輸入車輌に於いても同列に紹介している点である。そう、これは「日本軍の戦車」ではなく「日本の戦車」の本なのだ。
・佐山二郎「機甲入門」光人社NF文庫
- 作者: 佐山二郎
- 出版社/メーカー: 光人社
- 発売日: 2002/10
- メディア: 文庫
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佐山二郎の一連の「○○入門」は入門と銘打つ割には内容が濃く、おいそれと入門者には勧められないきらいがある。しかしハードルの低いものを勧めるよりも、初心者だからこそ確とした骨子を学ぶべきだと思われる面もあり、一概に上級者向けとも言えない。実際非常な労作であり、良書である。
特に黎明期のエピソードに他では取り上げられないユニークな話題が多く、ほほえましく読める。反面太平洋戦争の時期は軽めに流されている気がするが、それは十分類書があり、補完可能な事柄である。
章ごとに時系列に沿って書かれているので前後する記述も多く、一気呵成に読み上げようとすれば戸惑うこともある。頁数の多い文庫本であるので、じっくり腰を据えて読みたいものだ。
写真や図面は初出のものが多く、貴重である。五式中戦車の原図や10センチ自走対戦車砲カト車の三面図は現存するとは思われていなかったし、占守島の海軍特二式内火艇の写真などはこの本が出るまで同地に於ける存在の事実すら知られていなかった筈だ。
しかしやはり、あらかじめ概要を掴んでいないと読みにくいような気もするのだ。
・「陸軍機甲部隊」歴史群像太平洋戦史シリーズNo.25
陸軍機甲部隊―激動の時代を駆け抜けた日本戦車興亡史 (〈歴史群像〉太平洋戦史シリーズ (25))
- 出版社/メーカー: 学研
- 発売日: 2000/04
- メディア: ムック
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旧日本軍戦車について一から知りたい、という人にはこの一冊を特に薦める。使用車種、主要戦場、代表的人物、開発と発達、限界と終幕、大抵のことは網羅的に書いてある。エンジンや主砲などメカニカルな要素についての解説記事もありいや本当に、これは良い本です。
表紙(やっと画像が出た!)はマレー戦をイメージした「ブレンガンキャリアを蹂躙する九七式中戦車」の勇壮な物。ブレンガンキャリア挽き潰してもあんまり自慢にならないとは思うが。カラー口絵に収録されている、現在も尚北千島列島占守島に残されている九七式の残骸写真には、やはりある種の感慨が湧くものである。
・「帝国陸軍戦車と砲戦車」歴史群像太平洋戦史シリーズNo.34
帝国陸軍戦車と砲戦車―欧米に比肩する日本の対戦車戦闘車両の全容 (〈歴史群像〉太平洋戦史シリーズ (34))
- 出版社/メーカー: 学研
- 発売日: 2001/12
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上記「陸軍機甲部隊」を補完するような内容。タイトル通り主力戦闘車輌に的を絞って、こちらは系統的に戦車の発達を書いている。口絵のCGは非常に綺麗で、収録されている写真は既出の物が多いが大判で掲載されていて、新鮮な感覚を与える。
主な骨格は陸軍の制定した「国軍戦車の体系」が国際情勢、戦況に沿ってどのように変化し、如何様な車輌が求められ、作られてきたのか、ということ。冷静になって考えれば副題のように「欧米に比肩する」とは言えまいと思うが、それはこのシリーズ全般のノリということでひとつ。
試作・試案車輌にまで話が及んでいるので「架空戦記」的なネタを探す人にはもってこいかも知れない。
・寺本弘「戦車隊よもやま物語」光人社
- 作者: 寺本弘,山内一生
- 出版社/メーカー: 光人社
- 発売日: 1991/03/25
- メディア: 単行本
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現在ではNF文庫版が刊行されているが一応所持している単行本を紹介する。やはり画像がない、この企画は失敗だったかも知れない(苦笑)
これは「資料」ではなくエッセイ集である。著者は太平洋戦争時陸軍戦車第一連隊第三中隊(有名な「志」の一文字の部隊標識はこの中隊のものである)に属し、マレー、シンガポール、ビルマと転戦を続けた。実戦場に於いてひとはどのような感情を持つのか?喜怒哀楽は資料では絶対に伝わらないものである。日本軍の戦車が車内に小さな神棚を備えていた、なんてこともスペックからは解らない事実だ。無論記されている事柄は個人の体験であり、それがすべて全軍共通の物とは限らないが。
戦一というのはそれなりに幸運な部隊で、開戦初頭の南方攻略以降は満州に止め置かれ、末期には島嶼部に送られずに本土決戦部隊として終戦を迎えた。全編に悲壮感が少ないのはそのせいもあるのだろうが…連隊、師団上層部でも関東平野での戦車戦など到底無理だと考えられていたことは、この本で得た知識である。
- 作者: 司馬遼太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1980/05/27
- メディア: 文庫
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日本一有名な戦車兵は多分この人だろう。こちらもエッセイ集で当時の体験を記したものは三編収録されている。実は上記寺本弘中尉と所属部隊は同じ戦一で、福田定一少尉は第五中隊の小隊長だった。おそらくは面識も合ったと思うが文章から漂う感覚はまるで異なる。それはやはり福田少尉が配属された時には既に敗色濃厚であった時期の問題、現役将校の寺本中尉と大学繰り上げ卒業の速成士官である立場の問題であろう。個人の感覚というものは、やはり人それぞれで違う物だ。
余りに有名な「三式中戦車にヤスリがかかった話」はこれに載っている。おかげで日本戦車ファンは戦後60年経っても装甲材質について喧々囂々の論争を繰り広げている訳で、まったく余計なことをしてくれたものであるが、しかし。実際の所チヌ車の装甲材質がなんであったにせよ、1945年の戦場では到底生き延びられない戦車だったことは疑いのない事実なのだ。
・加登川幸太郎「帝国陸軍機甲部隊」原書房
これまた絶版である。自分はこれを長らく読み継がれるべき名書だと信じるので非常に悲しい。光人社辺りで復刊してもらえないだろうか。
本書では陸軍戦車「部隊」の運用面を主眼に置いて編制の変遷(駄洒落ではない)、器財の開発、実戦投入などを編年的に解説している。特徴としては太平洋戦争に関する記述が少ないことで、なぜならばそれはもはや結果――成果ではなく――に過ぎないからだ。もっと前の段階で、机上で、戦車隊の行く末は決定されていた。
九五式軽戦車、九七式中戦車、どちらも太平洋戦争における主力戦車で、どちらも非力な車輌であった。列強の開発速度には立ち後れたがどちらも「採用当時は世界水準であった」とよく言われる。しかし、それだけではやはり駄目だったのだ。どれほどの性能を、スペックを持っていたとしても「どのように運用するか」が誤っていれば何も生み出されない。
英仏独ソ、外国諸国に於ける戦車部隊の設立、運用にも多く頁が割かれているのも特色である。混迷していたのはなにも日本だけではない。非力な戦車を作っていたのも、日本だけではなかった。適切な運用、筆者は「信念」という言葉を使っているが、それが確立されていた国だけが、真に有用な戦車部隊を作り上げることが出来た。
例えば九五式軽戦車が正式採用のその時から装甲不足であったことはよく知られている。九七式中戦車が対戦車戦闘をまるで考慮されない設計だったこともどの本にも記されている。本書では採用時の審議議事録がほぼ直接的に引用されていて、これは他に知らない。その会議の席は穏やかである。穏やかであるが故に戦慄する。展望が無かったと攻めるのは後知恵かも知れない。しかし技術者からも実戦部隊からも、海外視察団からも疑問の声は幾度も挙げられ、しかし結局なんら実効的な改善が施されることなく、陸軍機甲部隊は無為に損耗され、屍を晒して消えていったのである。
日本に戦車隊生まれて二○年余、機甲兵種誕生してわずかに四年余。思えば、栄光少なくして、苦難多き生涯であった。
本書の末尾はこのような一文で締めくくられている。
日本陸軍の戦車部隊はたかだか二十年余りしか存在しなかった短命な組織である。多くの書籍で内容は重複している。それでも、何の本を読んでも、勝利の記録も、技術力も、携わった人々も、どれひとつとして戦争を賛美し得ない。思うに正常な神経を持つものならば、日本戦車隊の歴史と実態を知れば、誰でも戦争には反対するだろうと自分は考える。
長々しい記述にお付き合いくださり、有り難う御座いました。