ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ロバート・ハリス「ファーザーランド」

ファーザーランド (文春文庫)

ファーザーランド (文春文庫)

なんとなく再読。

全然関係ない所から話を始める。昔ナチス・ドイツをネタにしたとあるモダンホラー小説を読んだことがあって、なかなか面白かった。木箱の中に納められたあるモノを巡って様々な怪奇現象が置き、それが第二次大戦中のナチスに由来していてまあ色々。物語のクライマックスに木箱は暴かれ、中身が晒される。登場人物達が一様に驚いたそのモノとは――

読んでた自分はちっとも驚かなかった。なぜならその小説のタイトルは「総統の頭蓋骨 (ハヤカワ文庫NV―モダンホラー・セレクション)」というものだったからだ。

これはまあ、ネタバレの酷すぎる邦題の例として一種のお笑いなのだけれども、作外の読者は知っていても作中のキャラクターが知らない情報というのは確かにある。「ファーザーランド」はそんな話だ。

ドイツが第二次世界大戦に勝利した世界、というとすぐに思い浮かぶのは「高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)」で、これはキャラクター達が自分の住んでいる世界は実は架空の贋物である事に気づかされるSF*1小説だったがこちらはミステリである。地に足のついたところへ、物語は落着する。謎はすべて解かれる。

かなり毛色の変わったハードボイルド探偵小説でもある。大体に於いてハードボイルド探偵というのは反権力的なもので本書の主人公クサヴィアー・マルヒ捜査官もその例に漏れない。しかし舞台はナチス政権下である。権力の度が過ぎる。うかつに反骨精神を吹かすと強制収容所に送り込まれるのだ*2

ドイツが第二次世界大戦に勝利した影で行われていた、ある秘密。戦後世界を根幹から揺るがせかねない秘密を知ってマルヒは戦慄する。

そしてそれは、読者にとっては当たり前の事実なのだ。

初読当時が架空戦記ブームの頃だったので、非常に印象に残った。例え架空の世界を舞台にしていても、作者の導く先は現実の世界、読者の世界だ。そう、例え当たり前の事実であったとしても、初めてそのことを知ったとき、我々はマルヒと同じように戦慄したはずだから。

物語は悲劇的な終幕を迎える。秘密を知ったマルヒはまさにその事件が起きた場所でゲシュタポに包囲され、絶望的に立ち向かっていく*3のだが、

その場所は、アウシュヴィッツというところなのだ。

*1:「すぺきゅれいてぃぶ・ふぃくしょん」の略

*2:フィリップ・カーの所謂ベルリン三部作がそんな感じだった

*3:その際制帽を投げ捨てるのだがこの場面が非常に格好良い。どうも日本人のある層は制服の重要性について無頓着でありすぎる。種とか