特捜部Q ―檻の中の女― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1848)
- 作者: ユッシ・エーズラ・オールスン,吉田奈保子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/06/10
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 60回
- この商品を含むブログ (41件) を見る
デンマーク産ミステリー小説といえば日本ではユニークな存在かも知れないけれど、優秀だが過去の経歴に陰のあるベテラン捜査官が、迷宮入りの未解決事件を専門に扱う窓際部署に左遷されて奇妙な相棒と二人で…という展開は日本でもよくある話。テレビドラマの「相棒」ファンならピッタリ合うかも知れません。サブタイトルにある通り女性が拉致監禁される話で、キューバの指導者をアナグラムするような場面もあるんでいささか注意は必要ですが。
以下ネタバレ書きますんで注意。視線を避けるために「続きを読む」以外に大きめの画像貼っておきますが、「デンマーク」と聞いて咄嗟に思いつくのがコレだってーのはデンマーク国民の皆様にとてもとても恥ずかしい…
いわゆる警察小説のスタイルを取って、メインとなるミレーデ・ルンゴー行方不明事件以外にも他の部署で複数の捜査が行われている展開。主人公のカール・マークはその性格や過去の事件の影響などから署内であまり良い目で見られていない*1けれども、他人の事件にクチバシを突っこんで解決に助力していくことで自分の抱えるトラウマと向き合ったり、全身麻痺で入院中の元部下と向き合ったりする。相棒となるのはハーフェズ・アル・アサド、自称亡命シリア人。自称って何だと言われればこの人物の経歴はどこか謎めいていて、本作ではあまり明かされません。ウィキで見たらデンマークってEU内でも有数に移民の帰化申請が厳しいところなんだそうで、そういう社会を舞台にして相棒がアラブ系というのは、そのことだけでも意味がありそう。アサド君も正規の警察官ではなくてこの特捜部Q*2の「アシスタント」として非正規(?)雇用されてるモヨウ。
移民関連以外にも事件の被害者が新進気鋭の女性政治家であったり様々な箇所でいわゆる障害者のキャラクターが配されていたり、社会派というか社会的なアプローチがかなり大きなウェイトを占めていますね。エンターテインメントでどこまでわかる物かは判然としませんが、普段まったく縁がないデンマーク社会の一端を見られるような、そういう種類の楽しみもあります。あとがきによると本作の主な時系列となっている2007年はデンマークで大規模な政治改革・社会制度の変革があった年だとかで年金受給年齢が上がったとか地方自治体の行政単位が拡大化したとか、どっかで聞いたような話がモリモリ出てくる(笑)同性愛者のカップルが普通に出てきて、且つ主人公達がそのことに驚愕する、そのあたりの温度差なども興味深いところです。
現在の捜査官達の活動とカットバックで「過去」の被害者ミレーデの記述が挿入されていく構成のおかげで読者はこの「死亡」事件が実は誘拐事件だと知ることが出来る。拉致と監禁、長年に続くその描写はいささか(精神的な意味で)グロテスクなんだけれど、だんだん「現在」へと近づいてくる「過去」の時系列のスピード感、サスペンスフルな展開はイイ感じ。そして途中で誰もが、捜査官達よりも先に、否応なく気づかされる訳です。ああこのミレーデって…なんだな、と。フィクションの楽しさはいろいろとありますが、登場人物達よりも一歩退いた立ち位置で「客観」することを楽しめる、大変良くできたエンターテインメントだと感じました。なんだかんだ言ってハッピーエンドになりますし、ね。
結局主犯格の人間は逮捕を逃れて逃亡を図って事故死してしまう。そのことは死刑制度の廃止されたヨーロッパ社会と何か関係しているのだろうかと、それは少し気になった。「さもないと殺人罪で終身刑だ」みたいな台詞の後だけに。
それとそもそも5年前の事件が迷宮入りしていた理由が犯罪が完全だった訳じゃなくて、単に事件当時の捜査が雑過ぎただけってのはかなーり気になったぞwあんまり雑なんで警察関係者がグルになってんじゃないかと邪推したぐらいだwwそれも作者の手の内かも知れないけれど、その辺りも含めて「相棒」ファンには良いんじゃないでしょうか。