ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

乾石智子「オーリエラントの魔道師たち」

オーリエラントの魔道師たち

オーリエラントの魔道師たち

国産の異世界ファンタジー読むのってずいぶん久しぶりかも知れないなあ。乾石智子によるオーリエラントのシリーズはこれまで長編が三冊出ていて本書は第四巻目にして初の短編集となるものです。シリーズものをイキナリ途中から読むのも極めて珍しいことですが、なんのことはない池澤春菜嬢の「乙女の読書道」で取り上げられていたもので。

オーリエラントというのは如何にも地名っぽい響きだけれど、それが果たして何を意味しているのかは現段階ではまだ謎なのだそうで、ちょっと地中海世界をイメージさせるようなコンスル帝国と周辺諸地域を直接差すものかは不明です。世界観や歴史など細かな設定は先行する長編作品で語られているのか(あるいはそれも語られていないのか)、本書に収録されている四つの作品はどれも無駄な設定や説明をくだくだしく語るところが無くて却ってよかった気がする。どの作品もボリュームは短いながら市井の人々の生活や生き方を濃厚に魅せるようなところがあって、個人の人生の前には世界の成り立ちなんてあまり関係がないというところか。それでも描写や会話の端々から舞台となる地域の特性、多々ある民族の関係性などがだんだんと見えてくるのは何かこう、知らない土地を旅するうちに理解が深まっていくような味わいがあります。

タイトルにもある通り独立した四本の短編に(そして長編にも)共通するのは魔道師、魔法の在り方で、四本が四本とも全く異なる「魔法」を使用する魔道師たちの物語です(なんでもこの世界には十四通りの種類―流派というか方法か―の魔法があるそうで)。文字通り様々な結び目を作ることによって生まれる「紐結びの魔法」、日用品と人体の一部を媒体に用いる「アルアンデス魔法」、生物の死体を用いる呪術「プアダン魔法」、本とそこに記された言葉が力を持つ「ギデスディン魔法」それ以外にもいくつか出てくるけれどこれら独特の魔法の働きかたや習得の方法が、個々の作品の主人公たちのキャラクター性に深く関係してくる意欲的な内容でうん、面白かったですねえこれは。プアダン魔法の使い手が出てくる「黒蓮華」の冷たい内容に酷く惹きつけられるけど、なんだかんだでハッピーエンドとなる「魔道写本師」も面白い。紐結びの魔法が作用する描写・場面の楽しさは「紐結びの魔道師」で存分に語られるし、一連の作品に於ける作者のものの見方・考え方の中核的なものは「闇を抱く」にあるような気がします。

短いながらも濃いエッセンスが抽出されたような、そういう作品集ですね。

巻末に年表があって、なんとなく同時代的に捉えていた作品が実はどれも相当隔たった時代のものと知ってそれには驚かされました。