ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

モリナガ・ヨウ「ワールドタンクミュージアム全集」

ちょっと前にアーマーモデリング誌で「宮崎駿の世界」特集みたいなことをやってさ、宮崎駿による戦車マンガやエッセイを題材にプラモで再現。みたいな内容で、どれも確かに素晴らしい作例(情景がメインだったように思う)ではあったけれどあんまり「宮崎駿っぽさ」は感じなかったのよね。唯一それを強烈に感じたのが「悪役1号」を使った作品で、これはキットに付属する豚の兵隊フィギュアが使われてました。成程なーと思った訳で、それ以外のものは全部普通に1/35スケールの普通の兵隊フィギュアでやってたからだ。それらはつまり「普通の戦車模型の世界」であったと。

この本は戦車を題材にした戦車の(食玩のオマケの)解説エッセイを集めた内容で、どこを開いたって戦車や自走砲やその他兵器のイラストがわんさか出てきます。でもどのページのどのイラストにも必ず「人間」が描かれていて、むしろ魅力の源泉はそっちのほうにあるんだろうなと、そんなことを思いました。時にコミカルで、同時にシニカルでもある。牧歌的でいて、同時に無常を感じさせる。顔かたちでだけでなく全身で何かを表現するような、そんな人間(キャラクター化された人間)が居るからこそ「モリナガ・ヨウの世界」が成立している訳ですね。時には狭い車内に押し込められたり、時には車外で整備に苦心したり、そういう人と戦車との関係性から、戦車というのは難儀な機械なんだなーということが、誰でも容易に理解できる。コンビニやスーパーのお菓子売り場でただなんとなく手にした人にも「戦車の世界」を指し示す。それぞれは沼への招待状で、それを一冊にまとめた内容なのですね。

どれもいい絵なんだけど、特に1枚挙げたくなったのはシリーズ7のパンターD型の絵(73P)でしょうか。夜の平原でエンジンデッキのハッチを開けて何やら整備している兵隊の絵。夜間行軍中のトラブルか、はたまた修理中にとっぷりと日が暮れてしまったのか、カンテラに照らし出された「人間」の姿がドラマを感じさせるものです。戦車自体はほぼシルエットで描かれていて、それも斬新。

1/144の戦車模型という世界をきわめて強力に開拓したWTM、第1弾が出たときはひと箱「大人買い」しちゃったのを懐かしく思い出します。実は解説をまとめた本も以前一度出てたんだけど、その時はスルーしちゃったのよね。なにしろほとんど持ってたからねー当時は。いろいろあって今自分の手元には数個しか残ってない、そんな状況でこれまでに発売されたすべての製品解説をまとめてくれたのは、実に有難いことです。販売形態も色々と形を変えて、最新のものは2021年発売の「ワールルドタンクミュージアムキットVol.6」になるのか。シリーズ1が2002年のリリースで、今年で20周年のタイミング。それで、歴代の解説を読んでいくと同時代の戦車研究のトレンドが反映されていることも察せられます。特にシリーズ3のII号戦車解説(28P)とキット版のI号戦車解説(116P)を見比べるとわかりやすいかもだ。そしてどこにも書いてないけど2006年に一旦休止したシリーズが2013年に「ワールドタンクミュージアムキット」として再開された背景には「ガールズ&パンツァー」のブームがあって、だからパッケージやシークレットアイテムにコスプレ女子があったり、ラインナップにはいくつかガルパン登場車輛が含まてれたりする。

あらためてラインナップ見るとWW2ドイツ戦車濃度高いなぁと思わされます。人気を考えたら正しい選択、そして企画の中心になっていたのが70年代タミヤMM世代の人たちなんでしょうね。旧日本軍の戦車は(自衛隊は初期からあるけど)2016年のキットVol.3まで無かったというのは、そこはあらためて驚いた。でも新砲塔チハと八九式、特二式とあと五式中戦車か。いまのところそれだけで旧砲塔チハとか三式中戦車とか、メジャーな割に製品化されてないのもあるのね。KV1はあるけどKV2はないとか、時折不思議な空白もある。シュトルヒ偵察機とかヒューイコブラ対戦車ヘリコプター2種とかあるのにな(笑)

その後1/144戦車模型の分野にはドラゴンを始め追従したメーカーがいくつかあって、様々な製品展開が成されました。エッチングパーツを入れて見たり装甲列車が編成出来たりとマニアックなものも色々ありました。それらの製品の中にはもうシリーズが終了してしまったり、あるいはいまでも続いているものもあるけれど、どこも共通して言えるのは「モリナガ・ヨウに追従できるアーティスト」を擁することは出来なかったってことです。これがたぶん、ワールドタンクミュージアムをその他の有象無象からいくつも抜きんでた存在にしてるんだろうなーと、思うところで。この本読んで強くそれを感じました。無論優れた造形と、製品選択のセンスはピカイチではあるのでしょうが。

 

や―しかし、「チョールヌイ・オリョール」とか在ったねえ。ありゃなんだったんだろうねえとウクライナに骸を晒すロシア軍戦車に思いを馳せつつ。