日本ファンタジーノベル大賞2023受賞作、いまはこういう言い方をするんですね、その作品に改稿を加えて刊行されたものです。架空の中華風異世界を舞台に歴史小説的なアプローチで描かれたファンタジー作品というと元祖ファンタジーノベル大賞作品、酒見賢一の「後宮小説」を思い出します。なんかちょっと、伝統?
タイトルを聞いた時には、実は怪獣が出てくる話なのかと思ったのですが、結論からいうと怪獣が火を吹いて暴れるような話ではなかった。舞台となる世界は神獣が見る夢のなかにあるもので、ひとたび神獣が目を覚ますとそれは泡の如くに消え去る、そういう成り立ちの異世界と、そこに生きる人々の様々な夢や願い、望みが交錯する物語。文明的には近代以前の社会なのだけれど、古くから奉じられてきた神獣信仰がより現実的な価値観に打倒されていくある種の時代の終わりを描くものでもある。戦が起こり人は死ぬけれど何故だろう、あまり「悪人」が居るようには思わない。決して善人ばかりの世界では無いし悪辣な人物も登場するのだけれど、それがあまり「悪」だとは受け止めなかった。
その、いずれは夢が醒める世界であるという前提を皆が共有したうえで、ではそんな世の中で何を成すか、成し遂げるかということを極めてヒューマニティックに描いているから、なのだろうか?人が生きていることに善いも悪いもなく、それを判断するのは後世の歴史家である。なにか、お話自体は架空のものなんだけれど「実際にあった史実を基に、歴史上の人物の内面を推測したり、架空のキャラを加えて再構成した歴史小説」のようでもあります。信仰として奉じられていた神獣がもし本当に存在していたら、それが人々の間に秘かに溶け込み、顕現していたら……耀国の歴史に逆賊として知られる童樊将軍と傾国の美女景麗姫との間に純愛があったのでは……と、そういう架空の歴史にもう1翻ファンタジックな視点を感じさせるところがファンタジーなのかなあなんてことを思います。
決して表に現れずとも神獣という存在がこの世界の人々を動かす基、規範になっていることは確かで、ある人物はそれを貴んだり、ある人物はそれを否定することがそれぞれのバイタリティの源であったりもする。ひとが刹那的に夢をみたり立身出世の願望を抱くのも、世界の危うさ儚さに大なり小なり影響されているもので、目が醒めれば世界が無くなるというその存在を、自分はなんとなく核戦争のメタファーのように感じて読みました。ノストラダムスの大予言とか、世紀末的な雰囲気……ですかね。そんなものは起こらない、起こるわけがないと思いつつも、心のどこかではディザスターの訪れを信じている。そんな二律背反が、人を動かす。たぶんこの物語はそういうお話し。
なお個人的なイチ押しキャラは業燕芝将軍です(*´Д`)/ せっかくドレスアップして頑張ったのに童樊にはまったく袖にされてションボリックなところとかカワユス(*´д`*)
それと、これは本文とは関係ないことなんですが日本ファンタジーノベル大賞の講評とか他の候補作の情報とかあるとよかったですね。昔はあったように思うんですが、イマドキは仕方ないかな……*1
<追記>
割とこれ重要なことだと思うんですが「神獣」が実際にはどんな姿形をしているのかは、一切示されていないのですよね。中華風世界で神的存在というと龍のようなものを想像しがちなのですが、もっと太歳とか渾沌とか、そういうものかあるいは「夢」という観点ではクトゥルフを思う人もいるでしょう。ともかく、実際のところは読者に委ねているのが、面白いところかと。