ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

川村拓「事情を知らない転校生がグイグイくる。」④

 

 ちゃんと調べたことはないけど「カップルが最初から出来上がっている」というのは、おそらく最近の特にツイッター上でバズるマンガの特徴で、本作も例によって例の如しではあります。では最初から出来上がっているカップルでどうやって話を転がすかというのが、それぞれの作品ごとの味わいなのでありましょう。今巻では西村さんがだんだんと強くなってるところが垣間見られて、それがよかったですね。あと高田くんのママン可愛い。大事。

森見登美彦「熱帯」

 

熱帯

熱帯

 

 すごく不思議な作品ではあった。初読でかなり、動揺するほどの読後感を得たのだけれど、落ち着いて再読し、落ち着きを得る(なんだよ)

まず構成が不思議である。前半の3章と後半の2章(+後記)ではあきらかにボリューム配分が違っていて、後半のほうが一章ごとのボリュームが大きい。また前半と後半では作品の記述というか「温度」が異なる。前半はやや冷たい(あるいは不気味な)展開で、それにくらべて後半は何かカラッとしたというか、どこか突き放されたような非現実的展開になる。前半はウェブサイト上での連載で、後半は書きおろしである。この違いは何かと言えば、前半部分は2011年に森見登美彦が連載抱えすぎたりなんだりでパンクした当時の作品で、未完で止まっていたものを書きおろし部分を加えて完結させたものである。執筆時期も執筆に臨む態度も、相当に違っている。とはいえお話としては綺麗にまとまっていて、そこは流石といったところか*1。そういう独特の成り立ちが、作品自体を独特なものとしている。雰囲気としてはそんなところで。

作品全体は「千一夜物語」を下敷きに入れ子構造、メタフィクション的な色合いを帯びた物となっている。冒頭は作家森見登美彦がある読書会に参加して、謎めいた小説について教示されるところから開幕する。幻の作家佐山尚一の手によるその小説のタイトルこそ「熱帯」である。

前半はその「熱帯」を巡って、幾人かの語りでストーリーが展開する。手に取って読んでも必ず途中で失われ、誰一人読了することのできない作品の謎に迫る。架空の小説をテーマにミステリー仕立てに展開する有様は恩田陸の初期作品「三月は深き紅の淵を」を想起させ、非常にスリリングではある。

 

三月は深き紅の淵を (講談社文庫)

三月は深き紅の淵を (講談社文庫)

 

 これは実際、ちょっと驚いた。以前「夜行」を読んだ時に*2恩田陸的だなと感じたものだけれど、考えてみればこの2人はともに新潮社ファンタジーノベル大賞から出たひとなので傾向というか方向性が似ていてもむしろ当然なのかもしれない。ともあれ、読んだ人間ごとに異なるそれぞれの印象と記憶を統合して「熱帯」の実像に近づくはずの読書会は、あるものは常軌を逸しあるものは変貌し、姿を消すメンバーも出る。東京で始まったストーリーは京都に移行し、そこで遂に作品の本質に手が届きそうになったところで物語は後半のパートとなる。

 

ところで、自分は電子書籍というものに全然手を触れません。いささか時代遅れながらも本はすべて紙の本で読んでいる。今回は実に紙の本で読んだことが、とても良かった。次々に変転していく作品を、ページをめくってまるで扉を開けるが如くに読み進めていく行為そのものが、とても楽しかった。電子書籍にはスクロールする良さがあるのかもしれないけれど、扉を開くとどこに通じているのかよくわからない。わからないまま次の扉を開いて進んでいく。よく出来た小説を読むというのはそれ自体がひとつの冒険なのかも知れない、そういう感慨を抱きました。

 

さてそれで後半である。後半は打って変わって異世界ファンタジーだ。ここからのパートはいくつか解釈が分かれるかもしれない。素直に読めば前半で追い求められていた謎の小説「熱帯」の内容だとも言えるし、前半の主要人物の一人池内氏が物語の中に絡めとられたものと読めないこともない。もっと突っ込んでみれば池内氏が自ら著わした池内氏なりの「熱帯」こそがここに記述されているのかも知れない。前半部分で点描のように描かれた情景や言葉、場所やキャラクター達が実際に現れ動き出す、「不可視海域」での彷徨と様々な冒険は、やがて現実世界へと浮上する。初読後に見た amazon の評価の低いレビューのひとつに「後半は電撃文庫のようである」とあったけれど、思うにそのレビュワーは電撃文庫なんぞ読んでいないのではあるまいか。ライトノベル的とでも言いたかったのだろうけれど、自分が知る限り電撃文庫ライトノベルにこういう作品があるとは、ちょっと思えない。強いて言えばライトファンタジーであり、何に似ているかと聞かれれば「新潮社ファンタジーノベル大賞のような雰囲気である」とでも応えようか。どこかシュールで何かドライな異世界と、自然でウェットな現実社会の歪んだ結合。後半もまた「千一夜物語」の文言や主題が作品を牽引していくのだけれど、そこに加えて中島敦の「山月記」が微かに輻輳されていく。それもまた実に不思議だったのだけれど、作品成立に至るまでの事情を知れば大変納得の行くところではある。

 

最終的には後半部分の語り手である「僕」こそが「熱帯」を著わした佐山尚一であったと明かされ、現実の世界へと帰還する。そして佐山尚一がとある読書会に参加して教示される作品こそが森見登美彦による小説「熱帯」である。円環は閉じる。

 

森見登美彦の作品にはよく人が消えたり、消えた人を探すようなテーマのものがあるけれど、本作は消えた人間が戻ってくる話でありまた、未完に終わっていた作品を無事完結させて読者に提示する「森見登美彦が虎にならずに済んだ話」でもある。大団円(めでたしめでたし)。

 

とはいえ、連載当時から読んでいた人にはいささか物足りないかも知れません。自分は幸か不幸か連載版を知らないのだけれど、結果として池内氏の後を追ったはずの白石さんの軌跡がまったく描かれないのは、これはやや肩透かしというところか。それでも前半部分のミステリアスな筆致、後半部分のファンタジックな(あるいはマジカルな)展開は実に豊潤でありました。

 

久しぶりに、作者の才能にちょっと嫉妬したw 話を投げ出さずにちゃんと終わらせられたのは、それはたいへんに立派な行いですね。

 

「ネモよ、物語ることによって汝自らを救え」 

 

*1:無論前半部分も書きおろしパートに合わせて改稿はされていると思いますが。

*2:http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2018/06/29/203740

「ガールズ&パンツァー 最終章 4D上映 第1話+第2話」見てきました

4DX版を都内のシアターではいちばんエフェクトが大きいというシアタス調布で。

今日も雨で最終章2話はあまり天気に恵まれないなーという印象を受ける。内容についてはいまさらなんだけど、1話の感想はこちら*1で、2話についてはこちらに*2

 

まあしかし、アバウト2時間よく揺れました。椅子から転げ落ちるかと心配になるのはいつものことだけれどまー本当に揺れる。濡れる。吹き付ける。血行が良くなるかもしれない。そんなことはない。

音響のボリュームはかなりSEに振ったようで一部台詞が聞き取りにくいところもあったけれど、そこはいくらでも脳内補正が可能で全然問題にならない(笑) むしろ揺れ幅の違いや、立川やバルト9とも違う音の響かせ方を楽しめましたな。各戦車ごとエフェクトが違う!と事前から話題になっていたように、なるほど個別の振動が掛かる。どうも転輪の数や大きさを指標にしているようで、個人的にはポルシェティーガーがいちばん乗り心地が良かった。いやこれは自動車部による整備の賜物かもしれませんけれどw

あと1話のどんぞこに向かうポールを滑り落ちるシーン、みほよりさおりんのケツが降って来た時の方がエフェクト大きくて流石だ!!!

 

まえに立川で父子連れを見た話は書いたけど、今日は比較的お若い御両親と小さな男の子の家族連れを見ました。あれはいい、いいものを見せてもらった。台風が無ければ土曜に見るつもりだったけど、今日に日延べしてよかったなぁ…(ほっこり)

真鍋真「恐竜の魅せ方」

 

恐竜の魅せ方 展示の舞台裏を知ればもっと楽しい

恐竜の魅せ方 展示の舞台裏を知ればもっと楽しい

 

 真鍋真先生著、ではあるけれど「展示の舞台裏を知ればもっと楽しい」とサブタイトルにもあるように、真鍋先生による恐竜博2019に携わった様々な人、主に裏方のスタッフ紹介が大勢を占めるちょっと変わった恐竜本(そしてどうも聞き書きによる文字起こしらしい)。アカデミックではない切り口で、さりとて空想や漫画の類ではないというのは大変ユニークな内容ではあります。刊行は今年の7月で、恐竜博2019の事前ガイドブックみたいなスタンスでもあり、実際に行く*1前に読んでおけばよかった。

実物化石のレプリカを作成し復元骨格を組み立てるコーディネーター、復元画を描くイラストレーター、フィギュア原形を製作する造形師、広告宣伝を行う新聞社、実際の展示会場を設計し建築する美術スタジオ。本書の大部分はそれぞれの担当者の生の声を知ることが出来ます。骨格のポージングや会場の展示配置ひとつ取ってもそこには様々な意図があり、事前にこの本を読んでいたら実際の会場でもっと深く読み解くことが出来たろうになあ…。特にK/Pg境界に展示されていたティラノサウルスの全身骨格がなぜあそこに、あの向きで置かれていたのかは、大変残念ながら当日の会場では解らなかったもので。10/14までは開催されているけれど、さすがにもう一度見に行く機会は無さそうですねううむ。

後段の第五章と六章では恐竜研究の最先端とこれから、そして国立科学博物館の常設展にある恐竜化石の魅せ方、見どころについても解説されています。ボリュームこそ少ないながら、こちらもなかなか読み応えのある内容。すでに数年先を見据えて「恐竜博202X」の準備は始まっているのですね。

ほんとはこういう展示意図が図録に載せてあるといいんだけれど、やはり図録は学術的な切り口にならざるを得ないでしょうね。しかしこの本読むと読まないとじゃ観客の理解も反応も随分違うだろうから、例えばNHKで事前に放送するとか、出来ないもんですかね。あんな情感過多なCG映画じゃなくてね…

ダフネ・デュ・モーリア「人形―デュ・モーリア傑作集」

 

ずいぶん前に「鳥」を読んだ*1デュ・モーリアの短編集。「いま見てはいけない」*2も確か読んでたけれど、そのときは感想書かなかったんだよな。今巻は初期短編集ということで、巻末解説には「若書きでもデュ・モーリアデュ・モーリアだと思わされる」と賛意が寄せられているけれど、正直なところあんまり「面白くはなかった」。どっちかというと不愉快な小品の連続で、庶民が不幸になったりアッパーミドルの悪行が悪行のまま終わったりという「読後感の悪いO・ヘンリ」みたいなものばかり続いて、白状すると何度か途中で読むの止めようかと思った。

とはいえ、収録順で最後の2作「そして手紙は冷たくなった」「笠貝」は、不愉快とか読後感の悪さとかが高まり過ぎて「面白さ」にまで昇華されているような印象を受ける。なるほど「レベッカ」につながる*3*4、これはひとつの階梯なのですね…

しかし収録作品の大部分は異様に後味が悪いので、あまりひとには進めたくない一冊ではあり、あんま精神が疲弊してるときに読むようなもんじゃないよなと自分でも思うw

池澤春菜「台湾市場あちこち散歩」

台湾市場あちこち散歩

台湾市場あちこち散歩

 

 池澤春菜はガチ。

 

例によってお料理の資料でもなんでもない本をこのカテゴリーに入れてるのは、どうせ生きてるうちに台湾に行くことなど叶わないのでせめて掲載されてるウマソーなものを我流で再現できないだろうかという望みのためであります。魯肉飯はそこそこイケるものが作れました。

 

さて一冊目二冊目に続く今回第三弾は、テーマを台北の市場・夜市に絞っておススメどころを取り上げています。よりいっそう実践的というか、台北近辺を観光される方にはたいへん役立つガイドブックかと。既刊2冊が台湾全土からピックアップだったことと比較して、ピンポイントな分だけ無駄が少ないというか有効活用されるページ分量が多そうなんだよな。

そして例によってウマソーなものの連発です。春菜嬢のお顔よりデカい鳥の唐揚げとか魯肉飯のうえに牡蠣を敷き詰めたものとか悪魔の考えた天国みたいな食べ物がバシバシ。バシバシ出てくるの。現地で実食できたらさぞや美味かろうと思いますが、現地に行かれるわけが無いのだと思えばこれはもう実質異世界ファンタジーみたいなものである。異世界は美味そうだな。

スペアリブと大根を澄んだお出汁で煮込んだものが実にウマソーでこれはすぐにも真似したい。しかし大根が甘いんだとかでその辺は我流で収める。収めるのだ。

巻末には台北市内の二階建て観光バスの路線図や宿泊したホテルの紹介などもあり、タイアップ感は前回と同じですね。ホントはレシピも乗せてほしいけれど、だからこれはお料理の資料ではないと何度…

ブッツァーティ「神を見た犬」

 

神を見た犬 (光文社古典新訳文庫)

神を見た犬 (光文社古典新訳文庫)

 

 以前岩波文庫版を読んだ*1もので、表題作ほか何篇かは重複している。岩波文庫版には無かった「戦艦《死》」を目当てで手に取ってみて、それ自体は如何にもタナトス溢れる小品だったけど、割と雑というか「書きたいことだけただ書いた」みたいなつくりだったので微妙ではある。架空戦艦のスペックは割と細かく設定しても、第二次大戦末期にどうやって大西洋まで出撃できたのかは一切触れないところとか(笑)また岩波文庫の方にあった「聖人たち」ほか「聖人もの」とでも言うべき作品がいくつかあって、聖人も落ち着いて聖人のままでは居られなかったりするわけでそこは興味深い。

真に驚かされたのは解説である。あまりに驚いたので直接引用する。

 

恋愛における挫折感に、さらに日々深刻となる戦況*2が相まって、虚脱感に襲われる。

そんな折、彼が没頭したのは『シチリアを征服したクマ王国の物語』の執筆だった。

 

えっ

シチリアを征服したクマ王国の物語」って

 

こ れ じ ゃ な い か ! 

 

いやびっくりした。岩波文庫版読んだ時には気づかなかった。あんなフワフワでモコモコしたお話と、矢鱈目鱈にタナトス一直線な物語を同じ人間が書いていただなんて…

 

なんていうか「業」ですかね?ううううむ。