ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

トニーノ・ブナキスタ「隣りのマフィア」

隣りのマフィア (文春文庫 (フ28-1))

隣りのマフィア (文春文庫 (フ28-1))

奥付を見ると一年ぐらい前の刊行になっている。確かに新刊で並んだときに書店で手に取ったのだけれど、その時には書棚に戻してしまった。「どうせマフィアが隣に引っ越して来るような話だろう」と思ったからだ。まあそうなんだけど。「となりのヒットマン」って映画があったが(多分)それとは関係ない。
自らの属するマフィア組織を裏切る告発を行ったフレッド・ブレイクはFBIの証人保護プログラムによって妻と二人の子供共々身柄を保護され安全な監視下に置かれる。しかしファミリーの追跡は厳しく遂には合衆国を離れヨーロッパへと移住する。長い逃避行は家族の内に静かな軋轢を引き起こし、保護者たるFBI捜査官達との間に奇妙な友情を育みながら、彼らはフランスはノルマンディーの地に引っ越してくるのだった。妻はかつての生活を悔い改めるように慈善活動にはげみ、姉は過去などとは無関係に自らの美に邁進し、弟は組織に返り咲き権力の座を上り詰める為に同級生を組織化する。そして夫であり父親であるフレッドは…

物置で発見したタイプライターに天啓を得て、自叙伝の執筆活動を始めるのであった。

長年に渡って自らの存在を世間の目から隠し、自分自身さえも欺いていた一人の男が鬱積していた自分の思いを自伝という形で赤裸々に描き出す場面には感動すら憶える。これまでそんな経験は無く、読書すらままならないような人間でもある日ある時書きたいと思う瞬間は来るのだ。この共感、この感情移入。周囲は全く無理解でも、人差し指しか使えなくとも、キーは打たれ血を流したような原稿はゆっくりと、だが確実に歩み始める。地域住民には表向き「ノルマンディー上陸作戦の取材に来ました」と嘘をついても原稿と向き合った時には真実が浮かび上がる。自分はどこから来たのか、自分は何をしてきたのか、自分は何者なのか。

以下、ラストまでのネタバレを含みます。


ある日街の映画鑑賞会に招待されたフレッドは手違いで上映された「グッドフェローズ*1の感想を求められ、堰を切ったように「真実」を語り出してしまう。マフィアとは、ファミリーとは。それは全て自分の過去であり消せる物ではない、隠せる物ではない、文字にすら置き換えることの出来ない何か…大変な共感、大変な感情移入。私は読んでいて溢れる涙を抑えることが出来なかった←文芸的表現。

しかし純朴な田舎の人達は皆「こんな面白い話を即興で創り上げる作家ってすごいなあ」と大感動の大喜びなのであった。うん、これ実はコメディなんだ。汚染物質を垂れ流す工場が木っ端みじんにぶっ飛ばされたりまあいろいろ。

そんなこんなで平穏だったり物騒だったりする日常がスピーディーに続く中、ひょんな事からファミリーはフレッドの居場所に気付き殺し屋達を送り込む。*2ヒットマンの手によりこの上なく残酷な行為*3がなされ深く傷つきうちひしがれたフレッドは、己の心の欲するままに立ち上がり、反撃を加えるべく――

本文の記述は三人称だが、作中作であるフレッドの自伝は一人称でフォントを変えて表記される。このことは最終章で効果的に用いられて非常に面白かった。新年早々アタリを引いた気分で大変満足な一冊。

余談だが以前書棚に戻した一冊を改めて読もうと思ったのはとある読書ブログで紹介されていた為である。こういう時に「はてな」やってて良かったなと思うと共に、度々参照しているブログに感謝を。

*1:大変良くできたマフィア映画

*2:映画や小説から演繹的に分析したところ、FBIの証人保護プログラムが証人を保護できる確立は限りなくゼロに近いと思われる

*3:対戦車ロケット弾によって住居が爆破される。家族よりも何より原稿が灰燼に帰す