- 作者: 月村了衛
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2015/03/18
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (11件) を見る
展開の速い作品でもあり、ネタバレを避けるためにもストーリーの紹介については割愛します。
冒険小説を復活させよう!というのは著者月村了衛が様々なところで語っていることで、例えば「機龍警察」シリーズなどはジャック・ヒギンズに代表される海外翻訳ものの冒険小説の匂いが確かに感じられるものです。そして冒険小説をしっかりと書ける日本作家が次にやることは「日本ならでは」の冒険小説を書き上げることで、これまで多くの作家がこの困難な道に挑んできました。良い作品もあります。そうでない作品も無論ある。そしてかつては良作をものしたのに、やがてそれが出来なくなってしまった人もいる。むろんその作家の「旬」が過ぎたという冷徹な事実もあるのでしょうが、冒険小説が時代と共に、時代に寄り添うようなジャンルであったことも理由のひとつではありましょう。
特撮ヒーローや大河歴史ドラマがそうであったように冒険小説もまごうことなき「軍事」の代替物であり、実際の軍事が読者・視聴者との距離をどう保っているかが、特撮ものや歴史ものより露骨に影響した。一時期の冒険小説の低迷はそんな事情が関係していたのかもしれません。
船戸与一に「蝦夷地別件」という作品がありますasin:4094086757。初版刊行当時作中で用いられるアイヌ語の用法が雑だと批判も受けたものですが、個人的には船戸作品の中でもベストに推すもの。「日本ならでは」の冒険小説を模索し続けた結果、「時代小説」の枠組みを使ったことで、時代性に流されない作品価値を持たせた一本です。既に古いものならばそれ以上古びることは、ない。残念ながら(?)未読なのですが、晩年のギャビン・ライアルが第一次世界大戦前夜の時代を扱う作品を著していたのも、そのような意図があったのかも知れません。
最近ですと冷戦時代がひと回りして時代小説じみた位置になっているようですね。これは映画の話ですが「コードネームU.N.C.L.E.」とか「ブリッジ・オブ・スパイ」とか。いやダニエル・クレイグのボンドとかキングズマンとかすみません見てません(シドロモドロ)
とまあ冒険小説って難しいものです。ただでさえ難しいものに「日本ならでは」の価値や意味を持つ作品を成し遂げようと思ったらそれはより困難なことでしょう。これまで月村了衛が多様な方向性の作品を発表しながら、その多様さが実は試行錯誤の現れでもあるのだろうとの感触を受けていたのも確かで、失礼ながら過剰に日本らしさを前面に出すと却って失敗するのでは無いかという危惧を、実は抱いていました。直前に読んだ「土漠の花」*1の読後感がまさにそうで、本書「槐」に手を出すべきかどうかやや戸惑ったのも事実。
だが、しかし。
これは非常に楽しめました。スピーディーな展開もさることながら筆致そのもののテンポのよさに「ディオと出会ったポルナレフ」ばりの素早さで気がついたら終わっていた。何を言ってるんだか(ry
なにより良いのはこれが「日本ならでは」の冒険小説であり、おそらく古びることのない価値を有しているからです。
どうやってそれを成し遂げたのかといえば
主人公を中学生にする。
その上で冒険小説のキモ、真髄をきっちり押さえる。
たぶん、そこに尽きるんじゃないかな・・・。
おそらく話の構造としては「土漠の花」とさほど違いはないでしょう*2。なんでしたら2冊まとめて読んでも良いくらいに近似した点は挙げられるんではないか――とも思います。しかしながら主要な登場人物を思春期の男女に据えているためにキャラクターの心理内面描写の「不自然さが不自然ではない」ことの差は大きいのかも知れません。そして大人の在り方と青臭さの拠り所か、そういうものの据付け方が、主人公を中学生にすることで自然と結実しているようには思います。
あまり詳しいことには触れずにおきますが、「教師」のキャラクターが格好良いのは良いことですね。むかしのマンガや小説じゃ格好悪い教師ばっかりだった*3けど、格好良いほうがいいもんなあと思うのは自分が齢取ったからですかそうですか。
月村了衛ファンには強くお勧めしますし、月村作品初読にもいいかと思います*4。実際、著者の既存作品のいろんな要素が詰まってるかと思います。
ちょっと懐かしい、とあるマンガに実はよく似ているのですけれど、それについて触れるとネタバレぽくなるのでまあナイショだ(笑)
そして作品とは全く関係ない個人的事情によって、開始数ページで大爆笑したことを白状しておく。や、プライベートなことなんで、明記はしませんけれど・・・
<追記>
冒険小説がブームだった頃、「冒険小説とは登場人物が作品内の出来事を通じて成長を遂げる物語である」のような言説がよく言われていました。そのことの是非はともかくとして、仮に「成長」が冒険小説のキーワードだとしたら、当時なぜ「10代を主人公にしたビルドゥングスロマン」を範疇に入れなかった/容れられなかったのかが、今となっては不思議です。大人のためのエンターテインメントならば主人公は須らく大人でなければならない、というような自縛がもしもあったのだとしたら、それはジャンルの幅を狭めていたかも知れません。
とはいえ、冒険小説がもっとも興隆していた時期に出版されたガイドブックが「冒険・スパイ小説ハンドブック」であったように、もとよりこのジャンルは捉え難いところはあるもので。
「蝦夷地別件」の主人公はティーンエイジャーだったなあそういえば。
って新装版も「冒険・スパイ小説ハンドブック」asin:4150413738なんだな今回も(苦笑)
*1:http://d.hatena.ne.jp/abogard/20151212
*2:念のために言っておくとストーリー展開やキャラクターの配置は全然違います
*3:昔だってかっこいい教師は沢山居ましたけれど、ここは話の流れで
*4:なんでしたら女子中学生好きな方にも良いかと