ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

A・ブラックウッド他「幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成」

 

翻訳者を基軸に組んだアンソロジーというのは最近SFではいくつかあったけれど*1怪奇小説では初めてかも知れません。この分野の大御所が特に好んで訳した選りすぐりの逸品を集めたもの。ラヴクラフトの「アウトサイダー」をはじめ古典の名作が多く、既読の物もいくつもありましたが、あらためて知る良さというのもまた多い。中には冗長だと感じる物や、若干引く言い回しもある*2のですが、そこも含めて時代というものを感じますね。そんな中でもベリスフォードの「のど斬り農場」の鮮烈さというのは、時代を超えていまでも十分受け入れられるものだろうと考える。平井呈一は本作をして

わたくしの言う純粋ホラーの部類にはいる作品で、恐怖の点では数段まさった無気味な味があり、恐怖党を満足させることうけあいの作品です

と評しているのだけれど、思うにこれコメディっぽいところがあるから、それが時代を超えられるパワーになってるんじゃないでしょうか。高橋葉介の「夢幻紳士」でもパロディというかオマージュがありました。

未読の中ではオスカー・ワイルドの「カンタヴィルの幽霊」がやはりコメディ色のある幽霊譚で、古き良き伝統的なイギリスの古城に住み着く幽霊が新参者のアメリカ公使一家を散々に脅かそうとして却ってやりこめられ、なんだかんだでめでたしめでたし。で終わるという、実に良く出来た19世紀エンターテインメントでありました。幽霊譚、そう幽霊なんですね基本はね。怪奇小説にもいろいろなスタイルがあるけれど、平井翁が愛したのは夜の帳を密やかに訪れる冷たく静けき震えであって、日常の狂人や昼日中の絶叫ではなかった。彼の人がもしもスティーブン・キング以降の「モダンホラー*3や今に至るゾンビブームを見たらなんて言うのだろうなあ…

 

またかなりのボリュームを割いて「付録」が掲載され、1960-70年代に発表された対談や書評、翻訳エッセーなどが紹介されています。こういうものはなかなか目にする機会が少ないもので、大変貴重な資料。「現代の創作家の文章は皆んなまずい」「それはタイプライターを打ってる文章」みたいな発言*4をみるとほっこりするけれど、「文士」と呼ばれた人々の最後の世代のひとりが怪奇小説の翻訳という一事に人生の万感を打ち込んで手掛けていた時代の、実に生々しい証言でもある。21世紀の現代とは状況が違いすぎるのでどちらがどうとは言えないのですが(翻訳権ってどうなってたんだろう?著作権法の戦時加算とかあったんだよな確か)。

 

巻末には紀田順一郎が解説の一文を寄せて、平井呈一の略歴(永井荷風の弟子で且つ破門され文壇を追われたってロックだ)や、実際に出会った印象・交流などが綴られています。こちらも大変興味深いものです。紀田順一郎も大伴昌司もこのひとの前では若輩で、荒俣宏にいたっては更に下の世代だ。そういう幻想文学界隈の積み重なり、「怪奇小説山脈」というものを感じさせる一冊でした。

 

ところで付録の中にオーガスト・ダーレスの詩*5がひとつ収録されているのだけれど、これがまた「アウトサイダー」そのまんまで、ダーレス嗚呼ダーレスという感じではある。

 

 

*1:http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2018/11/11/152636 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20120430/p1

*2:表題作「幽霊島」で、アメリカのインディアンはともかく「土人」とあったのは流石に

*3:この人にかかってはブラッドベリウェイクフィールドあたりがモダン派なんである

*4:生田耕作との対談より。引用は正確ではない

*5:翻訳は「オーガストダレット」名義