ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

ジョン・ジョゼフ・アダムズ編「この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選」

 パワードスーツSFでアンソロジーが組めるのだからアメリカのSF業界って変なところだな、と思う。作品の数なら日本にだっていくらでもありそうだけれど、それで面白いものが出来るかどうかはまた別で、しかしマンガやアニメのパワードスーツ描写を集めて差異や特色を注視したら結構面白いことになるかも知れませんね。

てっきり狭義のミリタリーSFみたいなものを連続で読まされるのかと思ったけれど、スチームパンクや恋愛小説や猫SFなど収録作品はかなり幅が広い。とはいえ日本版では十二編に厳選されてのこの内容なので、オリジナルの全二十三編だとやっぱり狭苦しいミリタリズムばかりになったりするのかな?

 

どの作品もひとつひとつの「スーツ」に技巧を凝らしているような印象を受けたので、せっかくだから全十二編の簡単な内容とスーツの特色みたいなことをまとめてみようと思います。

 

・ジャック・キャンベル「この地獄の片隅に」

原題 “Hel’s Half-Acre” をこういう邦題に訳すのはまあ営業ヂカラってやつなんでしょうけれど*1、本作の「アーマー」は由緒正しい歩兵戦闘用装甲強化服です。強化服自体をひとつの閉鎖空間として給餌や排泄などもクローズドで行い、服の内側と外側とのいわばディスコミュニケーションがテーマなのだろうな。無能な将軍の無謀な作戦に従い大損害を出した部隊の生き残りが将軍の「アーマー」に殴りかかると…というオチ。HJ連載版のMADOX-01って今見ても傑作だと思うの(ネタバレだ!)。また本作のみならず収録作の多くがパワードスーツと共に「AI」を重要な役どころに置いているのは、注目すべき点かも知れません。ハインラインの時代にはなかったものね

 


・ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「深海採集船コッペリア号」

いわゆるパワードスーツと深海探査(あるいは戦闘)って縁が近そうですが、あんまり見た覚えがありません。その昔「海洋戦闘ダイバード」というのがあった*2けれど読んでないなあ。そもそもパワードスーツだったのかなあれは。本作に登場する「メカ」はスーツよりも大型なイメージで、深海作業用に耐圧殻の中で人間が動くとそれをトレースするような構造のもの。加藤直之のイラストではグラスキャノピーを持った機体として描かれている。コッペリア号に搭載されている「メカ」がどれも個別の構造(カスタマイズ?)であるのはちょっと「絢爛舞踏祭」を思い出したり。お話の方はサルベージ船のクルーが海中で拾ったデータドライブに記録されていた映像から、2つの惑星間を巡るトラブル(戦争?)に巻き込まれる…というようなもの。実際のところそれが戦争の芽生えか単なる海賊事件なのかは、実は判然としない。なんか長編の冒頭みたいでもある。本作のメカはそれぞれ個性的なAIが搭載されて自律機動も可能なもの(敵対集団の機体はもっと原始的というか旧式である)。

 


・カリン・ロワチー「ノマド

本書にはパワードスーツの搭乗者ではなくスーツそのものを主人公に据えた作品も散見されます。それらは「人工知能SF」として捉えることも可能でしょう。本作の「ラジカル」は搭乗者となる人間が誕生したばかりのうちに装着され、その成長と共にハードウェアや搭載AIも同時に進化していくというタイプの機体です。人間の搭乗者とラジカル、2つが揃った融合体によって組織されたギャング集団で、長年の相棒を失ったラジカルが新たなパートナーを得て復讐を遂げ、無所属(ノマド)として生きていくことを選ぶストーリー。川又千秋の「火星甲殻団」をふと思い出したりで日本のSF業界もむかしからいろいろやっているのだ。


・デヴィッド・バー・カートリー「アーマーの恋の物語」

ブルース・ウェインとトニー・スタークを足したような大金持ちで天才的な発明家アンソニー・ブレアは常にアイアンマン的な「アーマー」に護られて暮らしている。その実態に興味を抱き近づいた女性ミラ・バレンティックはブレアが実は未来世界からの逃亡者だという秘密を明かされ…。スーツを脱がせて生身の人間に迫ろうとするヒロインと、かたくなにそれを拒絶するブレアとのかけひきがメインとなるお話で本作の「アーマー」は多分心の鎧なのでしょうね。一方通行のタイムトラベルや美女と野獣ならぬ美女とパワードスーツの恋愛作品(なんて日本的シチュエーション!)など見どころは多いのですが、食事の際には指先からストローが生えてきてズルズル啜るというシーンが妙に印象的。


・デイヴィッド・D・レヴァイン「ケリー盗賊団の最期」

19世紀末のオーストラリアを舞台に蒸気機関で動く鎧が登場するスチームパンク的作品。題材となったケリー盗賊団というかネッド・ケリーは日本でどこまで知られているのだろう?かなりインパクトのある人類なのでFGOに出てきたりしないのかしら?史実では鉄板で作られた甲冑をまとっていたネッド・ケリーが、本作では隠棲した発明家アイクのもとを訪れて蒸気動力パワードスーツを製作させ…というもの。アイク老人は甲冑製作を強要される立場なのですが、本人もノリノリで強固なものをこさえ、あまつさえ自ら「ゴリアテ」などと命名してしまう展開。しかしこの爺さんもかつてはイギリスで名声を得た天才で、そして作ったものがなんでも爆発してしまうという恐ろしい過去を持っていたのだ!*3ゴリアテ」なんていかにも死亡フラグなネーミングセンスでありますw

しかしネッド・ケリー、自分がこの人を知るのがもう少し前だったらなあと思うこともありでちょっとその、ね…(なんだよ)


アレステア・レナルズ「外傷ポッド」

アレステア・レナルズは短編集「火星の長城」にパワードスーツを描いた作品(表題作ですね)があったけれど、同書に収録されている「ダイヤモンドの犬」を思い出すようなちょっとグロテスクな一編。近未来の(地球上の)戦場が舞台で、前線で負傷しAI搭載で自走(歩行)可能な「野戦医療ユニット」に収容されたケイン軍曹は、医療AIの説明とは違って自分自身がいまだ最前線に取り残されていることを知りポッドの制御と戦場からの離脱を試みる。しかしやがてポッドの内側と外側の世界、現実と虚構、自分と自分自身との境界線は曖昧なものとなり、そして…。短いながらも鮮烈な印象を残す一本、収録作家の中でも(おそらく)日本では一番名高い人で、そこはさすがの腕前かな。


・ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナー「密猟者」

人類が広く宇宙に進出し、地球が人類遺産保護区に指定されている未来世界。月生まれの主人公カレンは自然保護官(レンジャー)として活動するにも「パワードアーマー」による防護が欠かせない。それに対して地球生まれの同僚たちはスーツ装着にも自然環境保護にも熱心には見えない。職務に対しては不真面目に思えながら自然保護官としては優秀な同僚ハーディマンが、実は裏では異星種族シルク類と取引を繰り返していて…。かなりの未来世界なのにレンジャーたちの移動手段がハンヴィーという車(そのまんまだ!)なのには違和感があるけれど、自然保護官の装着するアーマースーツが異常に強力で、装着者が死亡しても直ちに蘇生される。異星生物の腕も簡単に引っこ抜いちゃう。女性キャラクターにパワーを持たせる術として、サイボーグとパワードスーツは優秀なガジェットではある。ところで「ハーディマン」という名前は実際のパワードスーツ開発史に大きな関連がありますね(岡部いさく先生の巻末解説も参照)


・キャリー・ヴォーン「ドン・キホーテ

スペイン内戦の末期、共和国側の切り札的に投入された小型且つ強力な人型*4で一人乗り*5戦車「ドン・キホーテ号」。個人の手によりわずか一台だけが作られ、戦場に投入された姿を目撃したアメリカ人ジャーナリストはその驚異的な性能と戦争の行く末に何を案じたか、そしてどのような行為に及んだか、というもの。これはガソリンファンタジー小説だ。自分はこういう作品をそのように呼んでいる。世の中的にはなんちゃらパンクかもしれないが。

「戦争ってなんだ。もう戦争は起きないだろう。ミュンヘン協定が結ばれたんだから」

この台詞に感じ入る心こそSF的なワンダーだと僕ぁ思うのです。ああ、こういうのをね、やりたかったんだよね。


・サイモン・R・グリーン「天国と地獄の星」

本作の未来社会地球はかなりディストピア的な帝国のようで、交通事故などの重症者を半ば強制的に「ハードスーツ」と結合して異星でのテラフォーミング作業に投入している。知性を持つジャングルのような植生を有する「アバドン星」でのテラフォーミングは圧倒的に地球側不利で、投入された要員は無意味に損耗を続けるちょっといやかなり暴力的で何の幻想も再現しない惑星ソラリスみたいなところだ。スーツとはいえ身体と不可分に結合された「ハードスーツ」の中身はかなりグロテスクで、弐瓶勉の絵で見たい感ある。ジャングルの先で発見された前任者のスーツの中身が空っぽで、内側には花々が咲き乱れているというかなり絵になるシーンも良い。結局主人公ポールは事故死した妻を模倣したAIとスーツから逃れて人間ではないものになる。ここでのスーツは人を守るものというよりは束縛の象徴みたいな働きだ。これはなかなか良い作品でした。


・クリスティ・ヤント「所有権の移転」

本書収録作にはすべて加藤直之による扉絵があるけれど、カバー画に採用されている縞模様の機体は本作のものなのね。こちらも搭乗者ではなく機体AIを語り手に据えた作品で、本来の搭乗者を殺害されて犯人に機体を強奪された「外骨格(エグゾ)」の「わたし」がいかにして復讐を果たし、独立した知性体となったかを描いたもの。回想シーンで本来の搭乗者カーソンの行動が点描され、そこにある平和主義的な思想と所有権の問題がクローズアップされる構造。「我は、我である」って神林長平が随分前に唱えた文言だけれど、日本SFって先鋭的だなと思うんですよ今更ながら。

ところで加藤直之画伯の扉絵、電書版だとカラーになってるらしい。それは紙の本ではなかなか出来ないことですね。


・ショーン・ウィリアムズ「N体問題」

模型メーカーのマスターボックスに「宇宙の果ての奇妙な仲間シリーズ」というのがあるけれど、差し詰めそんな感じの宇宙の果て、ループと呼ばれるワープゲートのどん詰まりみたいなハーベスター星の、いかにも場末感漂う極めて地球的な安酒場で*6で「メカスーツ」をまとった女性、地球法執行局のナディア・アイ執行官と出会う主人公。元軍人アレックス・ロンバートという彼も「具体(コープ)」という一種のクローン*7のような存在で、決してスーツを脱がないヒロイン(さっき似たような話を見たぞw)と共にどちらもアイデンティティに微妙なゆらぎを抱えているような印象がある。ハーベスター星に設置されたループはどこにも繋がらない壊れたジャンクションと目されているが、実は…というもの。その部分よりもアイ執行官のスーツの中のほうがたぶんメインなのだろうけれど、やはりHJ版MADOXはすげーなと思う訳です。


・ジャック・マクデヴィット「猫のパジャマ」

宇宙と猫のSFなので猫SFアンソロジーにも収録されるポテンシャルを秘めた作品。パルサー天体バロムス星の軌道上研究ステーションの事故に遭遇した貨物船カパーヘッド号の船長ジェイクは、訓練生のハッチンズと共に救出作業に赴き、船に一着のみ搭載されていた「ゴンゾースーツ」でステーション内部に入り込む。ステーションの乗員は全て死亡しスーツも破損していたが、ロッカールームには猫が一匹取り残されて…というもの。一着しかないスーツでどのように猫を救出し自分も安全に帰投するか問題がメインテーマであって、パワードスーツSFとしてはちょっと弱い、しかし猫SFとしては結構な強度があるんではないでしょうか紳士。

 

ひとつひとつの作品は小品ながら、かなり面白いものが多かったように思います。やはりパワードスーツというものもハインラインの昔からある(岡部いさく先生の指摘によればハル・クレメントの「重力への挑戦」が先行しているとのこと。高重力下の保護用スーツだけれどね)ものだから、それを主軸に短編書こうと思ってもやっぱりなにかひと工夫を凝らさないと「二等兵物語に宇宙服を着せただけ」になりかねないのでしょうね。人間と環境、閉鎖空間と自我、AIとその自己意識。パワードスーツSFというのはそのようなテーマを描きやすい作品なのかなと思いました。それでいてロボットSFとはちょっと毛色が違うのですね。AIひとつとっても人間との関係性がロボットSFとはどこかに差異がある。それが面白いところなんだろうな。

*1:直訳すれば「地獄の半エーカー」で、まあ片隅具合はあるのか

*2:富士見ファンタジア文庫だっけ?遠藤明範の作品で、実は「機甲戦記ドラグナー」にコンペで負けた企画らしい

*3:誇大表現

*4:厳密には人型ではないが

*5:いちおう二人は乗れるスペースがある

*6:「旅路の果て」というベタ過ぎにも程がある店名だ

*7:クローンというか人格や記録を上書きできる存在らしいか