ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

P・W・シンガー、エマーソン・T・ブルッキング「『いいね!』戦争 兵器化するソーシャルメディア」

2019年の刊行。シンガーの本は「戦争請負会社」*1と「子ども兵の戦争」*2でずいぶん驚かされたものだけれど、「ロボット兵士の戦争」*3はどうだったかな?たしか読んでるはず…だけれど、このSNSをテーマにした本書には特に「驚き」は受けなかった。第1章に主なテーマが箇条書きされているので載せてみるけど

  1. インターネットは思春期を過ぎた
  2. インターネットは戦場と化している
  3. インターネットの戦場は戦い方を変える
  4. この戦闘は「戦争」の意味を変える
  5. 誰もがこの戦争の一部だ

知ってた(´・ω・`)

 

というのがまあ、偽らざるところで。もちろん様々な事象が挙げられている個々の例については知らないこと、新しいものが多いけれど、そこで導き出される結論については「せやな」とか「わかる」「ガイシュツ」みたいな感想を抱く。それも人としてどうかとは思うが(´・ω・`) とはいえ、現代のインターネット事情を知るには良い本だと思います。あなたの目の前にある箱やちょっと変わったことが出来る文鎮は、決して自由で平和な空間に繋がっているわけではなくて、それはただの「あなたの目の前にある箱」あるいは「ちょっと変わったことが出来る文鎮」でしかありません。そういうことを忘れず読んだ方がいいぞたぶん。

いくつかインターネット黎明期の話が語られて、そこはホントに知らないことも多い。なぜ「インターネットは核戦争準備の一環で産まれた」「というのはデマだ」なんて話が飛び交うのかもよくわかる。あといくつか笑える話があったのでネタ的に挙げておきます。

 

印象に残ったことと言えば全部なんだけど、全部書くわけにもいかんのでいくつか強く印象に残った個所を引用してみる。

 

 インタビューアーはインターネットの影響力についてボウイが自信たっぷりに語るのに当惑した様子だった。「インターネットについていわれていることのなかには大分誇張されてるものもあるよ」とやり返した。

 しかしボウイはそれを否定した。「いや、そうは思わない。まだ氷山の一角すら見えていないんだ。インターネットが社会にどんな影響をおよぼすか、いい影響も悪い影響も想像がつかない。実際、わくわくすると同時に恐ろしい何かが始まろうとしてるんだと思う。メディアというものについてぼくらが持っていた考えを打ち砕くことになるだろう」

1999年、BBCのデヴィット・ボウイに対するインタビューより。1999年と言えばちょうど自分が自分のパーソナル・コンピュータでインターネットを始めた頃の時代だ。ボウイの発言は決して予言ではないだろうけれど、事実そうなった。そういうものです。

 

同類性はオンラインでは避けられない。友人のニュースフィードで目にしたコンテンツを共有したら最後、シェアした人もプロセスの一部になる。ほとんどの人は深く考えずに「シェア」をクリックする。彼らは注目すべきだと思うものや他人に影響をおよぼしそうなもの他人に伝えているにすぎない。それでもそうしたコンテンツを左右していることに変わりはない。(略)

 だがこれには裏がある。これらのさざ波は自分にも返ってくるのだ。特定のコンテンツをシェアするとき、その後の情報環境に影響をおよぼしているだけでなく、あなた自身もすでに自分に向けられた情報に影響されている。

これはちょっと胸が痛い。つまりこういうことです。

自分はある動画(についての印象を表明した)ツイートに、やや反対的な意見を付け加えて引用した。そこには自分自身の意識があり多少なりともそれを拡散させたいという欲があり、(ここ大事なんですけれど)自分の周囲のアカウントにはそれなりに賛意を得られるだろうという思いが勿論あった。これはネット用語で「エコーチェンバー」と呼ばれる。そういうところに自分はいる。

 

さらに遠くでは、こうしたロシアの情報攻勢は、本書の第四章で取り上げた伝統的な偽情報作戦(四つのD)の目的に第五の「D」を加えることを目指した。批判を一蹴し(dismiss)、事実を歪曲し(distort)、本題から目をそらさせ(distract)、聴衆を動揺させる(dismay)のに加えてこれらのメッセージには分裂させる(divide)狙いもあった。あきらかな「クサビ」はシリア難民の問題だった。

2014年のロシアによるウクライナ侵攻後の、ロシアからヨーロッパ諸国に対する情報戦について、強調は原文では傍点。分裂というのはなにか信用にたる意見から生まれるものではない。どれほど非現実的な話であっても、まるで信用の置けないデマであろうと、それを巡ってひとつでも賛否の意見が分かれればすでに分裂は達成されており、そこからさらに亀裂を広げることは容易だろう。100人中1人しか信じないようなことでも、母体が1000人になり10000人になれば分裂は大きなものとなる。そういうものです。だから、もしもあなたが「誰それがこんな馬鹿げたことを」「テレビがまたアホなこと言ってて」などと否定的な関与で話を広げたとしても、それはそれで情報の拡散なんですね。例えば鈴木宗男はロシアのイヌ。などと書いてみて、これで反発する人もいるだろう。1000人に0.1人ぐらいは。

 

中国のデータサイエンティストはSNSでの微博(ウェイボー)での会話を対象に、包括的な研究を行った。ユーザー二〇万人の七〇〇〇万件のメッセージを分析した結果、SNSで最も速く最も遠くまで伝わる感情は怒りであり、他の感情を圧倒した。「怒りは喜びなどほかの感情より影響力がある」と研究者らははっきり結論を下した。

これこそ知ってた(´・ω・`) しかし人が怒ったり義憤に駆られたりするのは基本、自分の内面を刺激されるからであって、まったく縁もゆかりもないことに人は怒りを覚えないのだろうなと思う。「10年分のPTA費を徴収されそうになった」とか「京都の舞妓は16歳で強制売春」なんて話が燎原の火のように広まるのも、それを広める一人一人の内面に、そんな話題への縁やシンパシーがあるからなんだろうね。

 

「狙いは、コンピュータシステムをハッキングすることではなくて言論の自由をハッキングし、世論をハッキングすることだ」

2016年のアメリカ大統領選でロシアのボット(ソックパペット)が、政治的な会話をどうリードしたかについて。合法的な言論空間は合法的な手法によって容易にコントロールされるということ。ポーカーのテーブルでカモを見つけられない時は、自分がカモにされている可能性が高い。

 

ソーシャルメディア企業の資産価値はユーザー数しだいなので、例え偽アカウントであってもアカウントの削除には消極的だ。ツイッターの場合、ユーザー数の約一五パーセントが偽アカウントだと考えられている。四半期ごとの報告でユーザー数の増加を示すよう迫られている企業にとって、これは貴重な後押しだ。

まるで公共機関のように普及している物であっても、結局は私企業の経営によるもので、こんな弱点がある。それと同時に、個人の独裁的な経営判断で動いてるシステムもある。どちらにせよソーシャルネットワークサービスの内部事情というのは、それほどソーシャルに開かれているわけではない。サービスが悪い(´・ω・`)

 

二〇〇〇年、ネットユーザーの集中力持続時間は平均一二秒だった。それが二〇一五年には八秒になった。九秒といわれる金魚をわずかに下回っている。したがって、デジタル世界で効果的な「物語」というのは、ほんの一瞬で理解できるものしかない。

動画サイトもテキストサイトもどんどん短くなっているのは確かだ。noteのように長文を売り物(本当に売り物)にしているサイトはあるけれど、さてどれぐらいの人が課金して記事を読んでいるかといえば謎である。少なくとも自分はしていない。金魚以下の知性なので仕方がない(´・ω・`)

 

日本についてはほとんど触れられていないけれど、1989年にチェコスロバキアの反体制運動に「日本人男性」が手を貸したといわれていて、

 警告もファンファーレもいっさいなしに、ある物静かな男性が、新品でなんのマークも付いていない二四〇〇ボー(データ通信の変調速度の意)の台湾製モデムが詰まったスーツケースを持って大学にやってきた。チェコ人の物理学・工学専攻の学生たちは仰天したが、この紳士の名はよく知らずじまいだった。彼は持参したモデムを学生たちに無料で配り、謎めいた微笑を残して、はす向かいに、おそらく日本大使館の極秘活動棟のほうへ歩みを進め、プラハの冬の煙霧の中へ消えていった。学生たちがその男性の姿を目にすることは二度となかった。

嘘くせぇ話だ(´・ω・`)

この本に記載されてる個別のエピソードをどこまで信じるかはまた別なのかも知れないなあ。日本人についてはもうひとつ、ISISに対するハクティビスト(ハッキングによる政治活動を行う人びと)集団アノニマスの抵抗運動として

日本のハクティビストたちは、日本人の人質二人が首を切り落とされた残虐行為を受けて、ISISのとくに貴重な資産――グーグルでのランキング――に狙いを定めた。ISIS関連の検索キーワードを攻撃するプログラムを作成し聖戦(ジハード)のメッセージを、笑顔がかわいく、なぜかメロンが大好物の、黒ずくめで緑色の髪のアニメキャラ(ISISちゃん)に置き換えた。

正直すまなかった(´・ω・`)

ISISちゃんってのはこれね。面白いのは「メロンが大好物」というのは「首切り」をソフトにアレンジしてると同時にテロリズムの象徴として「麻原彰晃」のミームを受け継いでるんだろうなってこと*5で、本書の他の章ではネットミームと変容についても触れてるんだけど、アメリカ人の調査ではそこまで踏み込んではいない模様。知らんけど(´・ω・`) しかし日本がそれほどサイバー攻撃を受けないのは日本語で動いてる社会だからだというのは、結構当たっているのかも知れない。アメリカがこれほどまでに他国から攻撃されるのは、極論すればインターネットが「アメリカ語」で動いてるからだ。それは間違いない。言語的独立性を保つというのは、これからの時代に重要になるやも知れない。ガラパゴスたるべし。

 

全体的にはフェイスブックをはじめとする記名式のソーシャルメディアがメインで、日米で猛威を振るった匿名掲示板の話はあまり無い。原著刊行が2018年なんでQアノンと4chan、あるいはトランプ支持者による議会襲撃事件(2021年)には話が及ばないのは仕方がないか。

そしてこの本のいちばんの笑いどころは巻末解説を佐藤優がやってて、非常に巧妙にロシア擁護の姿勢を見せているところだろうなー。いわゆるどっちもどっち論的なアレです。草が生えます。

 

結論。インターネットは怖い。インターネットをやめろ。

 

それでは済まないのが現代社会、やっぱり避けて通れぬ道ですインターネット道。そこで私は考える。軽々にデマやフェイクニュースに踊らされないためにも、かの「戦闘妖精・雪風」で深井零が貫いていた態度

「それがどうした、俺には関係ない」

アッテンボローよりちょっと強めの「それがどうした」、そんな気持ちで向き合えば、案外ネットに転がってる話なんて自分に関係ない物ばかりではないだろうか。そういうものだ。

 

 現在の対ジャム戦闘にはこうした人間が求められているのだ。そしてそのこと――人間の非人間化――こそがジャムの目的かもしれないと、最近わたしはそう思う。そうでないにしても<特殊戦>こそが最も対ジャム戦力として有効であるとするならば、ジャムとの戦闘がつづくかぎり、こうした戦士が増えつづけることになる。これは地球人類にとって脅威である。

神林長平戦闘妖精・雪風」より

 

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*4:「LOGIN」の最初の2文字でデータがクラッシュしたので、別に成人向け漫画雑誌の名前を送った訳ではない。

*5:オウム真理教の指導者麻原彰晃はメロンが好物で、地下鉄サリン事件サティアン強制捜査を受けた際にメロンの差し入れで潜伏場所が発覚したと、都市伝説的に伝えられている