ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

佐藤亜紀「スウィングしなけりゃ意味がない」

 

スウィングしなけりゃ意味がない

スウィングしなけりゃ意味がない

 

 やー、これは面白かった。勢いで一気に読んでしまった。

第二次世界大戦下のドイツ・ハンブルグで、当時禁制だったジャズミュージックを愛好する10代の少年たちが強かに生きて行く…みたいなお話ではあるけれど、主人公たちいわゆる「スウィング・ボーイズ」は基本、資本家や知識階級の子弟で、当局からある程度お目こぼしを受けられる境遇を利用して不法行為に励み闇商売を繁盛させ、権力に反意を持ちつつ必要な分は媚びへつらって世の中渡っていく。当然相手はナチなので反体制ビラを撒いて収容所送りになる女の子がいたり時代を悲観して首を吊る婆さんがいたり前線に行って死んじゃうやつもいたりする。

大蟻喰い先生の本を読んでいつも思うのは(いつもこれ書いてる気がするけれど)、ここではない外国の、いまではない時代のお話であっても、現代の日本社会をどこか投影しているような気配を感じさせることで、特に本書は意図的に現代風な文体が選択されていて、当時のドイツの閉塞感を現代日本のそれと重ねているように見えます。安倍がヒトラーとか、そういう幼稚なレベルでなくてね。

舞台はハンブルグなので当然そういう流れになる。「この世界の片隅に」好きな人ならその流れで読んでみても面白いかも知れません。とはいえドレスデンはともかくハンブルグがそういう街だという史実は、日本人のどれぐらいに知られてるんだろうな。

俺確か小林源文の「黒騎士物語」で知ったんだよなそれw

リリー・ブルックス=ダルトン「世界の終りの天文台」

 

世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書)

世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書)

 

 恥ずかしながら自分の読みが浅かったようで、どうもうまいこと楽しめなかった。人類が滅亡した無人の世界で、北極圏の天文台に残った老人と木星探査宇宙船の女性クルーとの交信、のような話だと聞いて手に取ったんだけど、この二人が交錯するのは終盤近くのほぼ数ページだけで、あとは全般的に孤独な人間が過去の過ちをペシミスティックに回想することと、行き場のない現在に漠然とした不安を持ち続けることの連続なのでなんか読んでいて重かったのね。

そしてどうもこの二人が生き別れの親子なのではないか…?と、そういう想像はできるんだけど、明確に答えは出ません。巻末解説にもあるように「読者に解釈が委ねられている部分が多い」作品なので、カタルシスが足りないというかなんというか。もう少し丁寧に読み解いていけばまた違ったのかな。

どうもその、特に理由もなく突然人類が滅ぶ(戦争の噂、なる言葉は出てくる)というのが、閉塞状況を作る「設定のための設定」なのでそこに乗れなかった気はする。

滅ぶというか滅んだらしい、か。それも明確な答えは描かれないので。

プーシキン美術館展見てきました

公式。 ぶっちゃけ上坂すみれの音声ガイド目当てで行ったのだけれど、思いのほか、それ以上に楽しめました。普段あんまり見ない(あまり好みではない)印象派の絵画もガイドのおかげで楽しめたのはまあ、すみぺよりは水谷豊のパートの方が多かったわけだが。

 

「旅するフランス風景画」というサブタイトル通り、ロシアの美術館が所蔵するフランス画のコレクションです。神話伝承的なモチーフから自然の風景・日常生活、そして野獣派やキュビズムと言った表現技法へと、時代の流れと絵画の変遷を追っていく構成なのだけれど、はじめは皇帝や貴族、のちには資本家が「美術と言ったらパリだろ!」的に買い集めて行くのは日本もロシアも変わらんなあと変なところで親近感を抱いたり。とはいえロシアの場合はその次に「国家により没収」という全ての美術をソヴィエトへ!みたいな展開がある訳です。なんであれ、歴史の果てにはあらゆるものは「文化」に収斂されていくのかも知れん。

 

得られた知見としては

 

・17世紀ごろの風景画で、しばしばギリシャローマ的な遺跡が画題に選ばれるときは、「廃墟」のほうが好まれるのでしばしば実際には崩壊していない建物が「廃墟」にアレンジされていた由

・写真登場以前の「従軍画家」の比重は相当高そう

・外で画を描けるようになったのは画具の発達(特にチューブ入り油絵具)の発達に依るところが大きい

 

などです

チャイナ・ミエヴィル「オクトーバー 物語ロシア革命」

 

オクトーバー : 物語ロシア革命 (単行本)

オクトーバー : 物語ロシア革命 (単行本)

 

 チャイナ・ミエヴィルの作風というのはいわく捉え難いものがあるのだけれど、ここまでストレートな「歴史小説」を書くとは思わなかったので、それにはかなり驚いた。「小説」とはいえ記述はあくまで、フラットでノンフィクションと呼んでも差し支えはないのかもしれない。

ボルシェヴィキによる革命の起きた1917年のロシア、ペテルブルグを中心にした混迷と動乱を一章1か月単位で描いて、クライマックスは10月革命なのだけれど、しかし「ロシア革命」に向けられる様々なまなざしはその後の出来事、本書ではエピローグにまとめられた時期の出来事に焦点があてられるわけで、このパートでは著者の「主観」が全面に出てきている。

内容の是非を問うことは自分の手には余りますので触れませんが、20世紀に起きた大きな出来事、その後全世界に大きな影響を与えた出来事を知ることには非常に価値があると思いますので、こと共産趣味者に限らずに、広く様々な範囲の読者に読まれることを願います。

権力と暴力は、ノリだな。

アーシュラ・K・ル・グウィン「風の十二方位」

 

風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF 399)

風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF 399)

 

 ※自分が読んだのは旧版

 

これは読みやすかった。全図が全部ではないが概ね素直に楽しめた、共感しやすいというか「寓話」的な要素を楽しんだような感覚。考えてみればゲド戦記も「こわれた腕環」が一番好きで、あれは分かりやすい寓話だったからなあ…。そのゲド戦記アースシーを舞台にした作品のひとつ「名前の掟」は珍しく(?)コミカルというかブラック・ユーモアなオチが楽しい、不思議。「四月は巴里」の軽妙さもこれまで読んできた(いやそんなに読んでないけどね)長編とはなにか違う雰囲気で、それでも「マスターズ」や「九つのいのち」には長編と通じ合うテーマ性があったりといろんな作風が楽しめます。

 

それでやっぱり「オメラスから歩み去る人々」がね、これを初めて読んだのは実は結構最近のことなんだけど、10代の頃に読んでおけばよかったと思うと同時に、10代でこれ読んだら拗らせそうだな、とも思うわけです(笑)

 

 

ジーン・ウルフ「書架の探偵」

 

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 

もしも不老不死の技術が実用化されたらジーン・ウルフにそれを施すのは人類世界の義務ではなかろうか。御年84歳でまだこんな意欲的な作品を書けるもので、敢えて名前は上げないが没原稿蔵出しみたいな連中とは全然違うぞ。

人類が大幅に数を減らした未来世界の地球で、図書館の書架には本の代わりに作家自身の複製体(リクローン)が納められている、というのが設定の中核です。貸し出し数が少ないと容赦なく焼却処分される無慈悲な世の中で、推理作家E・A・スミス(の複製体)は自らを借り出した女性コレットから生前の自分が書き著した本(本物の書物)に隠された秘密を解き、コレットの父と兄の死亡にまつわる謎を解明してほしいと頼まれ…

なにが驚いたってすごくまっとうにミステリー、探偵小説だったことです。ジーン・ウルフと言ったら「新しい太陽の書」シリーズ(新しい太陽の書 の検索結果 - ひとやすみ読書日記(第二版))をはじめ一筋縄では行かないような作品を様々なテーマで書いているけれど、未来社会で特異な設定とはいえ、こうも直球を投げてくるとは思わなかった。扉を開けると異世界に通じる部屋とか出てくるけど。それとすごく読み易いし、キャラクターにもたいへん感情移入がしやすい。それは本当、ベテランのワザマエです。語り口の妙手もまた良しで、どこまでこの語り手に信頼を置けるのか、そういう部分も面白かった。ものすごくシニカルなユーモアのセンスは相変わらずでお話の悪役たるヴァン・ペトンの末期は声を出して笑った。いやシニカルなユーモアに声を出して笑うヤツのセンスはどうなんだってことはさておき。

続編も構想されているようで全世界の人体生理学者は全力を挙げて不老不死の技術を実用化し、ジーン・ウルフから無限に作品が湧き出るようにしてほしい。

 

カート・ヴォネガット「人みな眠りて」

 

人みな眠りて

人みな眠りて

 

 

カート・ヴォネガットの初期未発表短編集として「はい、チーズ」(http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20140821/p1)につづくもの。こちらは「普通小説」を中心に集めたもので、なんていうかのその

 

普通だ。

 

普通に「気の抜けたO・ヘンリ」みたいな作品が続くのでちょっとツラいところも、無きにしも非ず。本文よりはむしろデイヴ・エガーズ(誰?)による解説の方が面白かったりするのだけれど、それでもこれら若き日の習作群の中に、後年の作品が持つ輝きの片鱗は確かにみられる。そういう気分も味わえる。

収録作の中では「ペテン師たち」が良かった。才能と才能の欠如、魂と魂の欠如、それを埋めるなにかは、じゃあどこにあったのか…というようなおはなし。