ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

大森望編「ベストSF2022」

竹書房の短編年間ベストSFアンソロジー第3巻ということで、シリーズ既刊の感想リンクを先に貼っておきます。

 

abogard.hatenadiary.jp

 

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それでまず苦言を呈しておくと本書の帯には「またSFが死んだらしい……では、この傑作群はいったいなんなのか」というキャッチコピーがある(amazonに飛べば見られます)。収録作品は2021年に発表されたものなんだけど、2021年に「SFは死んだ」なんて誰が言ってたんですか?「日本のSFに新時代が到来している」から始まる序文も「日本SFアンソロジー黄金時代」「日本SF短編集"大当たりの年"」なんて派手な見出しが躍る「二〇二一年の日本SF概況」にも、国産SFの豊潤さをこそ感じさせられ、「死」などどこにも見当たらない。もし自分が知らないだけで世のどこかでそんなことが囁かれていたとしても、それは多分取るに足らない意見で、そもそも編者自身が歯牙にもかけていないようなことを、反語としてキャッチコピーに使うのはどうかなと思う。

 

苦言終わり。内容について。

 

伴名錬の「百年文通」が

 

良すぎました

(´・ω・`)

 

おおぅなんという濃厚百合百合パンデミックタイムトラベルロマンスヤンデレ妹姉シスコン偏愛tuber歴史改変パラドックスパラレルワールド大団円ド・マリニーの時計SF。ジャック・フィニィの「愛の手紙」を底本としながら、どこかケン・グリムウッドの「リプレイ」を彷彿とさせる(ループものではないのだが)破綻と災厄の予感を紙一重で躱して HAPPY END !! に落着させるアクロバティックなワザマエにワタシ電車の中でジェットコースター並みに揺すぶられましたよ魂。電車で読んだらいけないねえ…。

坂崎かおる「電信柱より」はひとりの女性と電信柱との百合感情を静謐且つ貴く描き上げて、時代はやはり百合なのかも知れない。「2020」読んだ時の感想に

女性同士の関係を全部「百合」でひっくるめるのは乱暴だろうな

なんて書きましたけどすいません撤回します。

全部百合でいいです。

そしてこの年はいよいよコロナが猛威を振るい、世界がパンデミックの影に覆われた年でもある。日本SF作家クラブが『ポストコロナのSF』を出したのはその象徴で、そこからは津原奏水「カタル、ハナル、キユ」が収録されておりますがむしろ病床で書かれたあとがきがおそらく著者の絶筆ではないかと思われて「語る、離る、消ゆ」ってああ、哀しいタイトルだったんだなと、漸くに。なにも日本SF作家クラブだけに限らずコロナは多くのクリエイターに影響を与えていて、酉島伝法「もふとん」十三不塔「絶笑世界」どちらもそういう現状からインスパイアされたこの時代ならではの作品ということになるのだろうか。特に「もふとん」は、ここまで読みやすい酉島伝法作品というのをはじめて見た。そしてこの作品は異様な日常を描写することで、現実の我々が日常だと思っていることの異様さを描出しているように思われる。それもまたフィクションの持つ機能性だろうなあ。溝渕久美子「神の豚」もやはりコロナをテーマに「家畜動物へのインフルエンザ禍」と置き換えて、台湾を舞台にしみじみいい話でしみじみ良い。「SF味が乏しい」と評されたのも、それはわかるんだけれど。