ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

小沼丹「古い画の家」

「黒いハンカチ」は昔から本棚に在って、前に随筆も一冊読んでいた*1小沼丹の作品集。雑誌「宝石」に発表された作品などを中心に、おおむね1950年代後半~60年代前半に執筆されたものです。古いと言えば古いのだけれど、古いからと言って古臭くはない。いまこういうものを発表してもまず世の中に受け入れられないと思うけれど、自分が生まれる前の作品ならば、一周まわってこれも良いなと感じる。それはどこか300円のザクのプラモデルや1970年代のタミヤの戦車模型を、特に改造もディティールアップのせずにそのまま作る時の気分と、なにか通じるものが有るような気がする。素朴な良さという点では例えばO・ヘンリであったりあるいは古典スペースオペラをそのまま読むときの気分、だろうか。

 

たぶん、どこか粋なんでしょうね。文章全体の雰囲気や空気か。表題作「古い画の家」はひと夏の避暑地で出会った奇妙な出来事を少年の目を通して描いて、そこで行われた殺人の真実をただ目撃した本人だけが知っている。実行犯はその犯行を見られたことを知らず、周囲の人間はそもそも犯罪が起きたことさえ気がつかない。秘密は隠匿される。「ミチザネ東京に行く」は、リアル「田舎っぺ大将」みたいなミチザネ青年が純朴を通り越してアレなレベルの田舎者ぶりを発揮して、東京で出会った見知らぬ人間の親切を振り回したり振り回されたりしているうちに気が付いたら銀行強盗の片棒を担いでいました。というお話でこちらは楽しく終わる。コメディでもサスペンスでもどこか「芝居」を見ているような感覚があり、決して「リアルな」ものではないのだけれど、それが問題にならないエンターテインメントの良さ、劇的なものを感じます。生粋のミステリー作家ではないからこそ、謎解きやトリックに重きをおかず、ただ読んでていて楽しい小品を、楽しく拵えたような印象…ですかね。「日常の謎」系の嚆矢だというのもよくわかる。

昭和三十年代というのはいまほど世の中が明るくない(世相ではなくて情報や、あるいは夜の電灯が昏い)そこで成立するミステリーと言うのもあったのでしょうね。なにしろ読者がいまほど捻くれていなかっただろうからなあ(´・ω・`)