ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

渡辺清「戦艦武蔵のさいご」

ツイッターで何人かのフォロワーさんが話題にされていて、そういえば自分も子供の頃に読んで結構な印象を受けたなあと懐かしくなる。幸い図書館の書庫にあったので借りてきました。戦艦武蔵最後の戦闘となる捷一号作戦を、直接作戦に従事し奇跡的に生還した著者が武蔵艦上の出来事だけに絞って記したものです。初版は「盛光社」から1970年に出たそうですが、1974年刊行のこの童心社のハードカバー版がいちばん有名じゃないかと思われる、その後同社から新書版が出たり、現在では朝日選書にもなってるらしいのですが、重い表紙と素朴なタッチの挿絵が大変に濃厚な読書体験を与えるものだと信じて疑いません。武蔵の生存者はその後の移送中に乗船が沈められて海没したりフィリピン戦などで激戦地に投入されてそこで亡くなられた方も大勢いるので、こうして生還されて記録を残されたひとがいたことを、一読者としては感謝することしきりです。

児童向けの読みやすい文体で、どこか達観したようであっても同じ乗組員の「肉声」は生々しく、現実感を以って受け止められる記述。とはいえ猪口敏平艦長の最期など艦橋まわりの描写は本人が直接見聞きしたものではありませんから、やはり「小説」というひとハネ付いたものではあるのでしょう。そして平易な文章で淡々と綴られるグロテスクな現場の様相こそが、本書の白眉となるものでしょう。特に総員退去の命令が出て、医者も看護士も配置を離れて脱出する中、艦内に取り残された負傷兵たちが毎日行き来していたラッタルを登ることも出来ずに艦と共に沈んでいく有様は、たしかに幼い日の自分の心にも結構な衝撃を与えていたなと再確認。このパートにも挿絵があって、素朴なタッチだからこそ、そこに重なる情報をたぶん読んだ人間が心に描けるのでしょうね。よい児童書の挿絵にはそういう働きがあるものです。

初読当時には思いもよらぬことですが、文体が内容を止揚するという点では吉田満の「戦艦大和ノ最期」を強く思い起こさせます。

abogard.hatenadiary.jp

思うに本書は、吉田作品に対する返歌というかまあ、そういうポジションに立つものではないでしょうか?あれをもっと、子供でも読みやすく・わかりやすく書いたものかなと今回再読して強く感じました。なにしろ基本、起こることは同じことなのです。例え違う艦、違う海域、違う月日であったとしても

戦争というのはいくらりっぱな口実をつけても、けっきょく人間と人間のむだな殺し合いです

あとがきより。そこに記述されるものは、結局は同じことなのです。

それとこの歳になって再読してみていろいろ気づかされました。これは原注として記されていることでもあるんですが、カバー見返しに使われている写真や本文に挿入されている艦内配置図は全部大和のものなんですね。武蔵の資料というのはそれほど残されていなかったのだろうなあと。それと武蔵は「被害担当艦」の任務を命じられたというのが結構最近まで広く信じられていた風聞で、確かに自分も子供のころ児童向けの戦記本でそういう話を読んだのですが、本書にはその記述はありませんでした。ただ猪口艦長の遺書に「なんとなく被害担任艦となりたる感ありて」という一節が記録されています。この「武蔵被害担当艦伝説」みたいなモノもなんで産まれてどう広がっていったのか…みたいなことはいろいろ調べられているんで、興味ある人はおぐぐりあそばせ(丁寧語)

 

それであれですよ、主人公が三連装対空機銃の担当で基本対空戦闘の描写が積み重ねられていくというのはこれ

男たちの大和」じゃん。

 

という気づきを得られたのが、今回一番の収穫でした。あの映画多分この本を真似してると思う(´・ω・`)