ウェストレイクが死んでえーと何年だ15年か?それだけ経つのにいまごろ初訳される作品が面白い訳あるんだなこれが。いやー楽しかった。TVの洋画劇場で知らない映画見たら思いのほか大収穫だった感覚。原著は1966年の刊行で時代的には「ギャンブラーが多過ぎる」の頃だけれど、論争社のウェストレイク本としては「忙しい死体」以来の物だそうで。
タイトルを見て「スパイファミリー」ブームで訳出決めたんじゃないかしらと邪推したんだけれど、それぐらいの軽い気持ちで読んでも十分楽しいクライムコメディです。学生運動崩れの平和団体(構成員数実質2名)リーダーを主人公に据えて、冗談みたいなテロリスト組織がわらわら出てくる前半部分には「テロリズムを冗談として扱える」60年代の雰囲気を楽しめるしあ、もちろん舞台はニューヨークなのです。貿易センタービルがまだ建設される前の時代なんだなあ。ヒロインのアンジェラはスタイル抜群の金髪で軍需産業社長令嬢で親に反発して家を飛び出していて、そして頭の中身は空っぽ。というのも今ではとても描けないでしょうね。そういう意味ではいまの読者が読んだら派発しそうではあるのかな?
で、その平和運動家の主人公ラクスフォードがひょんなことから本物のテロリストと勘違いされてテロ計画に巻き込まれ、FBIではないなんらかの諜報機関のスパイとなって組織に潜入するタイプのコメディです。諜報機関から渡される様々な「スパイの小道具」も燃やすと煙幕を発生するネクタイとか水に入れると信号を発するコインとか導火線で点火すると大爆発するクレジットカードとか、ある種ドタバタした「スパイもののパロディ」みたいではあり。みたいというか、まあそれな。
悪役として配されるのはアンジェラの実兄タイロンなんだけれど、これが無思想無軌道のちょっと「ダークナイト」のジョーカーを思わせるようなテロリストで、そこは現代に通じるものがありそう。長過ぎず短すぎず、ちょうどいいぐらいのボリュームでちょうどよく完結して、あとがきにもあるようにウェストレイク入門書としてぴったりかもしれない。しかしドートマンダーとかいまほとんど入手困難じゃないのかなあウェストレイクは。ミステリアス・プレス文庫で出たやつとか面白いんだけどなー。
あと本筋にはあまり関係無いけど気になったことがあるのでメモ。ラクスフォードがテロリストたちの会合現場を訪れる場面で
四方の壁には、額に入れられ、ガラスがはめられた、くすんだ写真が掛けてある。およそありそうにない制服を着た集団が写っていて、ボリビア海軍(ボリビアは太平洋戦争後に内陸国になったが、海軍が存在する)の写真がわんさとあるみたいだ。(66p)
とあるけど、注意すべきはここ。
この場合の「太平洋戦争」とは「日本人の知らない方の太平洋戦争」であります( ˘ω˘ )
果てして訳者はそこまで見据えて註を書いたのかどうか気になって。