サイレンス・リー三部作、完結編。前二冊の感想はこちら。
人類が広く宇宙に進出している世界で、その始祖の星である地球が封鎖されたり忘却されたりで伝説的な存在となりそこを目指すというような話はSFでは時々ありますね。「デュマレスト・サーガ」やアシモフのファウンデーション、変わったところだとスコルジーの「老人と宇宙」シリーズもそれなんだよな。なんとなくそういうのって聖書の楽園追放あたりが発想の原点なのかなあと思う。追放と帰還。回帰願望。国産SFだと「銀河英雄伝説」の地球は(いかにも田中芳樹らしいなと思うんだけど)核戦争で荒廃した上に怪しげな宗教集団になり果てててまあ他にも色々。そんな感覚で読み始める。前回新たな覇王の支援を取り付けることに成功した一行が、ではアゴアシ付きで地球に行けるかと言えばそんなことは無く、覇王には覇王の目論見がありそこに乗らざるを得ない立場に追い込まれる。しかしバルサザー船長にはまた別の目論見があり……。
面白かった。前二冊よりボリュームがある分魔法の仕組みやその発動について多く記述が割かれていて、読みごたえがあります。基本、巻き込まれ型のプロットながら地球大気圏で迎撃され不時着し、そこから始まる冒険行。この世界の地球は「千年戦争」で破壊されながらもそこから復興は果たされていて、魔法の支配する人類宇宙の中で唯一「機械文明」が維持されています。そこを行く主人公たちが出くわす様々なカルチャーギャップは普通に面白い。だいたいが20世紀文明レベルに近いので、スタートレックのメンバーが現代の地球にタイムスリップする映画「故郷への長い道」を思わせるような良さがある。クレジットカードの仕組みがひとつも理解できないので魔法によって偽札を錬成し、それで鉄道に乗ろうとしたら自動券売機の使い方がわからなくてパニック!迫る鉄道職員!!みたいな変なスリルも(笑)
なにより良かったのは前回あからさまに「囚われの姫君」だった皇女アイリが、今回は積極的に物語に介入してくる役どころで、あまつさえターニングポイントのキーパーソンとなるキャラに変貌してたことでしょう。ジェンダーSFの嚆矢として、いま普通に読まれたい作品ではある。とはいえそれは三冊すべて読んで得られる感慨でもあって、近年盛んに復刻やってる東京創元社でもこういうシリーズ物は難しいだろうなあとも思います。
ビジュアル的な良さはあり、訳者あとがきでも映像化を願っていますがそれも難しいだろうなあ。スマッシュヒットのレベルでは、刊行から20年も経てば忘れられちゃうものなのでしょうね。
今回も一行は軍事作戦に巻き込まれ、サイレンスの魔法が成功の鍵となるのだけれど、戦闘そのものの記述はびっくりするほど少ない。そして地球を封鎖していたローズ・ワールドの人間がひとりも出てこない。そういう弱さも確かにある。しかし初登場時は捕虜輸送船の新米将校おまけにドジ踏んで左遷だったマーシニク少尉が、今回は大佐に昇進アイリの旦那で最終的には地球女王の配偶者ってものすごい逆玉をかますので、それはたいへんおもしろい。