ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

三方行成「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

  • 作者:三方 行成
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/11/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 ベテルギウスが爆発しそうだと聞いて。

んー、タイトルだけで出オチみたいな感がありますが、トランスヒューマン社会がガンマ線バーストの直撃を受けて引き起こされる事態を童話風に描いた連作短編集です。「スノーホワイトホワイトアウト」はこれで*1読んでました。

童話を語り直すというのはまあありがちですし、童話めいた語り口でなにか童話でないことを騙るというのもよくある話で。一本挙げれば竹取物語を翻案した「竹取戦記」か。そこに出てくる「帝」のキャラクターが「少し張り出した顎」と描写されてあーなんとなくあーそーゆーことねーと、まあそんな感じか。全部が全部古典童話の焼き直しではないし攻殻ならぬ「甲殻機動隊」が登場するお話もありでわかりやすいっちゃわかりやすい。最後の一本でこれまでの作品をまとめにかかる構成も広くみられるものだ。

それでこれ第6回ハヤカワSFコンテストの優秀作なんですが、巻末にある各審査員の選評が本書含めてことごとく低評価であの、ほんとうに大丈夫なんですか?と、そこがなんか気になってううううむ。

 

珍しく装丁を伸童舎が手掛けてた、なんか珍しいなあ…

「この世界のさらにいくつもの片隅に」見てきました

公式。マンガを原作に長編映画を作るという行為はやはり「ダイジェスト版」を作るというのと同じで、では以前のバージョンに新作パートを追加したうえで物語を再構築する…そう、つまりこれはゼーガペインADPと同じである。

故に

 

テルちゃんはカミナギ

 

ほんにねぇ、たった数カットの登場シーンだけなのに実に実に印象に残る。リンさんを通じてすずさんに渡されたテルちゃんの口紅を、女性らしさを、戦争は粉々に打ち砕いていく訳です。

 

戦争って嫌だなあ…

 

新作パートでは遊郭の前ですずさんとリンさんが出産や家、女性の責任や義務について話すシーンが格別に良かった。無論原作にもある場面なのですが、カラフルに描かれたふたりの服の対比、地味なすずさんと華やかなリンさんが対照的で(このふたりはすべてのシーンで対照的に描かれていますね)、そこで話される内容の歪さ、現代の自分から見れば奇異なことが、当時を生きる女性の立場としては普通なものであったこと。そういう怖さをちょっとコミカルでユーモラスな台詞・演技のオブラートで包んだうえで、ここは映像のオリジナル演出として、ふたりの頭上を飛行機が飛んでいく(音が入る)。いまなら日曜日の公園の上をのどかに飛んでいく軽飛行機程度の音だけれども、スクリーンの中は今ではない。そこに描かれる日常は既にして戦時体制下である。個々の画や台詞、演技やSEをバラバラに見れば他愛ないことかもしれないけれど、それらが映像のなかで結合すれば観客は大変恐ろしいものを目撃する。木下恵介の「陸軍」やレニ・リーフェンシュタールの「意志の勝利」が見せた同時代性と同様の物を、遥かに隔てた時代にアニメーションという形式で魅せてもらえるわけです。

アニメーション、そうアニメですね。2016年版の公開直後に実写版ドラマというのがあってこれはえらく評判が悪かったのですが、やっぱり生身の人間にやらせるのは難しいでしょう。決して不可能では無いとは思いますが、近年のアニメのように計算で作りこまれた画と同じくらいの密度を実写映像に求めるのは難しいし、実写ならではの何かを提示するには相当優れた作家性が必要になることでしょう。むしろ抽象的・省略的なタイプの舞台劇とか、そういう方向性の方が面白いかも知れませんね。

 

閑話休題

 

新作パートでは無い所でも、あらためて発見がありました。江波ではじめて縁談を持ってこられたときに、花嫁衣裳をかぶって山に上って海を見るすずさんというのはやっぱりあれはアレなんだよなーと。うん、水原くん大好きですよ僕ぁ…

 

すずさんというのはクリエイターで、すずさんの語りというのもクリエイションだ。内面にあるものを外部にむけて表現する際に、内側にあるものが<そのまま>表出しているわけではない。思いと行為は決して同一ではない。2016年版でも思わされた「信頼できない語り手」としてのすずさんの立場を、よりいっそう考えさせられる2019年版でした。なぜなら、その矛盾はリンさんも知多さんも、みんながみんな秘めているからです。ひとりひとりの人間の、こころのなかの片隅に。

 

自分にも墓場まで持って行く秘密のひとつやふたつはあるのですよ(・ω・)

 

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入場特典ポストカードはこんな図柄でした。一家団欒の日常が防空壕のなかにある、そのことの異様さあるいは恐ろしさをちょっと考えてしまいます。これは現代の我々から見れば70年以上前の出来事ですが、いまでも同じような境遇の人たちが、世界のどこかに居るのですから…

 

<追記>

いちおう2016年版初見時の感想をリンクしておきます。かなり短くてちょっと驚く(笑)

http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2016/11/20/221915

今年の一番について考える。

毎年恒例のまとめです。毎年こういうことをやっているのは日々記憶の彼方に消えて行こうとする様々なものごとを、せめて忘れぬように記録しておこうと、それはこのブログ自体を始めたそもそものきっかけでもあるのですが、やはり十数年も経ると例え記録したことであっても忘れてしまうものごとは多いものですね。こうしていま、まさに記録をつける記事であっても、忘却は重なりいずれ全ては砂の中に埋もれていく…。

 

たぶん、我々はティグラート・ピルセル三世についてもっと学ぶべきなのでしょう。そういうものだ。

 

・本

今年のベストはやはりなんといっても「エンタングル:ガール」でしょう。ゼーガペインのスピンオフ小説は以前にも刊行されていますが、今回はよりいっそうSF小説としての面白さ、元作品への掘り下げ、キャラクターの魅力等々が大変に高いレベルでまとめられていたように思います。

次点は「普通の人びと」かな。この12月に「翡翠城市」「タボリンの鱗」と刊行されたばかりのファンタジー小説2作を読んで、やはり異世界ファンタジーの魅力というのはその異世界の構築に依るのだなーと思わされる。ハイとかローとか、そういうことでもなくて。

 

・映画

は、どうだろう。アニメ映画しか見てないな今年は。「ガールズ&パンツァー最終章第2話」をはじめ見たものに関しては実に良作が多かった。「シティーハンター<新宿プライベートアイズ>」や「スパイダーバース」「劇場版シンカリオン」など粒ぞろい。しかし今年公開されたアニメ映画は総計3ケタの本数で、且つ興行的には芳しくない物が多いという不穏な話も聞こえてきます。見たものよりも見ていない(見えていない)ものにこそ世相は現れていたのかも知れません。そんな中でベストを挙げれば、それは「ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝」ということになりましょう。あまりに綺麗な話を、作品外の悲劇とセットで受け止めなければならない。2019年はそういう年になりました。

 

・アニメ

もだんだん放送から配信にシフトしつつある昨今、初のYoutube配信コンテンツとして製作された「ガンダムビルドダイバーズRe:RISEが、まさかの分割2クール構成だと判明して驚愕している真っ最中です(笑) 道理でシリーズ構成やプラモの販売スケジュールが妙な案配になってたわけで、ガンダムの名を冠しても2クール連続番組を作れなくなっているのか、無論劇場版「閃光のハサウェイ」製作などで人手が足りないという状況も十分考えられるのですが、それにしてもね。放送番組数ばかり右肩上がりというのもそろそろ頭打ちになるのかな?今年の後半は結構「再放送」を目にしたようにも思います。繰り返し見られることで再発見される価値も多いし(初代ガンダムなんかまさにそれだ)決して悪いことではないのでしょうが、その裏ではアズレンはじめ本放送を落とした作品や、ティアスタジオのように経営破綻する現場も多いというのがこの先不安であるわけで。

そんな中で「どろろ」を2クール24話しっかり作り上げたツインエンジンの功績はたいへん称賛に値するものでしょう。原作をより深めて再構築した内容も見事で今年のベスト作品は「どろろ」であります。未見ですが「ヴィンランド・サガ」もここなんですね。

アニメ製作現場の労働問題がようやく社会に取り上げられるようにもなった年でもありました。「ケムリクサ」や「OBSOLETE」のようにもっと製作や配信・放送体制の根本的なところから、変革や見直しを迫られているのが昨今なのかも知れません。そして変革し見直された結果が果たしてどれだけの人数を幸福に出来るかというのは、実は別の次元の話なんだろうな。

 

・プラモ

今年とあるプラモデルのクラウドファンディングに出資して無事達成され、リターンを待ち望んでいたんだけれどいきなり頓挫してしまって正直気持ちの行き場に困っている。頓挫というか延期ということなんだけれど、応援しているので頑張ってほしいところです。今年新発売になったキットも山ほどあるんだけれど、平成の終わりと令和の初めに組んだバンダイの300円ザクとタミヤのM3リーの良さが良すぎてそれでいいのか俺。

 

・そのほか

今年は無事浜松に行けました。おそらく来年はどこにも行けないでしょう。私生活では大きく舵を切ったことがあったけれどさてこの先どこにつながるのかはもう全然わからないな。

どこにもつながらないのでしょうが。

 

そういうものだ。

 

プーティーウィッ?

ルーシャス・シェパード「タボリンの鱗」

 

 なぜかKindle版しか出てこないが読んだのは文庫版です。別にアフィやってる訳でも無いし、そういう区別はどうでもいいか。さて「竜のグリオールに絵を描いた男」*1に続くシリーズ第2弾。短篇集とありますが収録されているのは短篇1本とノヴェラ(中篇)1本で、普通は収録作品2つのものを「短篇集」とは言わないような気がするけれどまあいいか。

このシリーズは開始第1作でグリオールは死に、1冊目に入っていた作品群では時制がいまひとつはっきりしなかったのですが、今回の2本では明確にグリオールの死後を描いています。今回は竜が動くといわれて確かに迫力のカバー画。だけど前回よりなんかちっちゃくね…?と思いつつ表題作となっている「タボリンの鱗」を読むとなるほどグリオールが動いている。

 

なんかちっさいけどな(´・ω・`)

 

巨竜グリオールの死後の時代、その鱗を手に入れた男ジョージ・タボリンが娼婦シルヴィアと共に突然移動(転移)した世界というのが未だ小さなグリオールが権勢を振るう時代で、はっきりしないのだけれどどうもこれは過去の時代らしい。自分たち以外にもいくつかのグループに分かれて転移させられた人々が原始的な生活を続ける中、ジョージとシルヴィアは家族から虐待(性的虐待)を受けていた少女ピオニーを救い出し、男女3人の微妙な関係が生じ…と、いうような。前作と同様にひとは自分の意思で以って行動しているのか、それともすべてはグリオールに操られたものなのか、自由意志と社会圧力のようなところがテーマでしょう。こういう作品を普通に現代小説として書くよりは、竜の存在するファンタジーとして語らしめる方が書き易くまた語り易いものなのだろうと、それはよくわかります。また本作ではジョージの視点で(とはいえ三人称の文章で)記述され随所に脚注が入る構成なのですが、最後のパートだけがシルヴィアの一人称に差し変わり、そのことでジョージの意思や行為に客観的な疑義が呈されるような構造を持っています。そしてクライマックスは巨竜のグリオールがまさに死すときに生じる大災害の有り様なのですが、これが第1作の死に様とは全然違っている。ここちょっと不思議。なんか、なんだろうな矛盾とか統一性とかは気にしない、個々の作品で描きたいように書くのだろうなと、そんな気がしました。 この部分ちょっと誤読して居たようで、再読してああ成程なーと、漸く何が起きていたのか理解する。成程なあ…

 

もう一本の作品「スカル」は、こっちが表題作よりも長いノヴェラでページの約7割方はこちらが占めてます。これまで純然たる異世界のようであった*2この世界が、本作では現実の中南米、21世紀のグアテマラならぬテマラグアを舞台とし、中南米風ファンタジーから中南米ファンタジーへとシームレスに移行する。矛盾とか統一性とか気にしない!描きたいことを書く!!そういうお話と語り。

ヒッピー青年(正確にはヒッピー元青年)スノウと少女娼婦ヤーラ、グリオールが既に死して解体し尽くされた世界で出会った二人がテマラグアの密林に苔生して埋もれるグリオールの頭蓋骨のもとで奇妙なコミュニティの一員となり、宗教性と危険性を高めていく集団から逃れたスノウが約10年後に再び同地を訪れると…

この先は実に意外な展開を迎えるので、ちょっと書かずに置きましょう。簡単に言うと復活したグリオールをスノウとヤーラが退治するお話なのですが、グリオールがどのように復活するか、それをどう倒すか。世に数多あるドラゴンスレイヤーな物語の中でも有数に変な倒し方をします。いやさびっくり。

 

なおやけに娼婦が出てくることでも明らかですが、前作同様セックスシーンは多めで描写も濃い目です。その点はご注意願います。

 

巻末解説は2019年12月現在チリに在住の池澤春菜嬢で、現在のチリの暴動についての生々しい現地報告でもあったりして貴重です。S-Fマガジン2020年2月号のコラムと被る内容ではあるのですが。

グリオールシリーズ最後の一本「美しき血」Beautiful Blood はさて翻訳されるのかな?されてほしいですね流石にねー

*1:http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2018/09/02/201710

*2:必ずしもそうとは言えないのだが

「劇場版 新幹線変形ロボ シンカリオン 未来から来た神速のALFA-X」を見てきました

公式サイトはこちらです。家族・お子様向けの長編アニメ映画を劇場で見るのはずいぶんと久しぶりで、なかなかにぎやかな時間を楽しめました。終演後は座席の間に派手目にポップコーンが飛び散っていて、皆様それだけ楽しんだのだろうなと思うと共に、劇場スタッフ(ちなみにバルト9でみました)の方々にも感謝を。

イカネタバレに付き隠します。

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大森望 日下三蔵編「年刊日本SF傑作選 おうむの夢と操り人形」

 

おうむの夢と操り人形 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

おうむの夢と操り人形 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/08/29
  • メディア: 文庫
 

 創元の年刊日本SF傑作選も12冊目の本書でいったん休刊。2010年代と共に、また干支がひとまわりしたところで閉じるというのもまあそれらしいものかな。リアルタイムで同時に追ったわけではないけれど、このシリーズで出会ったりまた再会した作家も多く、日本SFの魅力を様々に受け取ったように思います。ありがとうございました。

 

今巻では古橋秀之「四つのリング」柴田勝家「検疫官」水見稜アルモニカ」などがお気に入り。面白い所では宮内悠介の「クローム再襲撃」を以前読んでいる(「超動く家にて」収録*1)のだけれど、そのときよりも今回の方がより良い印象を受ける。短編小説を読むというのはそれをどのような環境で読むか、単独なのか作家の個人短編集なのか、本書のようなアンソロジーなのか、そういう違いがあるのだなとあらためて気づかされ、編者・編集者という存在に大きな敬意を払うところであります。

巻末には歴代各巻の収録作リストが挙げられていて、伴名錬の作品を結構読んでいたんだなあと、これもまた再確認。しかし毎年の「日本SF界概況」が読めなくなるのは惜しいですね。これで知る書名も多くてたいへん便利だったのですが。

年刊日本SF傑作選と言えば創元SF短編賞。幸いこちらは継続されるそうで、これからも素晴らしいSFとSF作家が世に出ることを願って止みません。

 

折角なのでこれまで読んできた「年刊日本SF傑作選」記事を挙げておきますね。まああまり深いことは書いていないのであるが。

 

・「年刊日本SF傑作選 虚構機関」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20130717/p1

・「年刊日本SF傑作選 超弦領域」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20131102/p2

・「年刊日本SF傑作選 量子回廊」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20131217/p1

・「年刊日本SF傑作選 結晶銀河」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20130311/p1

・「年刊日本SF傑作選 拡張幻想」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20130413/p1

・「年刊日本SF傑作選 極光星群」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20131201/p1

・「年刊日本SF傑作選 さよならの儀式」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20150117/p1

・「年刊日本SF傑作選 折り紙衛星の伝説」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/20160529/p1

・「年刊日本SF傑作選 アステロイド・ツリーの彼方へ」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2017/06/01/210423

・「年刊日本SF傑作選 行き先は特異点」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2018/02/17/102229

・「年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック」 http://abogard.hatenadiary.jp/entry/2019/01/20/213244

 

あらためて見直すと、途中で四文字タイトルをやめちゃったのは実におさまりが悪いな(笑)

 

フォンダ・リー「翡翠城市」

 

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

 

 新ハヤカワSFシリーズというのも様々なカラーの作品を出していて、本書はいわば「現代異世界ファンタジー」みたいな作品です。時代は現代、舞台は地球で人間が生活していますが、読者たる我々が暮らしている時空ではありません。「ケコン島」という東南アジア風の気候・文化を持つ島が舞台で、解説では「香港を想起させる」とありますが、過去に外国に侵略・征服されそれを民族闘争で打ち破った歴史があるのは(そしてその過去が色濃く現在に影響を及ぼしているのは)ベトナムラオスカンボジアなどの国々も同じく想起させられるところで。

このケコン島はこの地球で唯一の翡翠を産出する鉱山を有し、そしてここが最も異世界ファンタジーらしい要素なのですが、この世界では翡翠を身に着けることによって人間の体力や精神力が強化拡張され、一種の超能力を振るうことが可能となります。「怪力」「敏捷」「鋼鉄」「跳ね返し」「感知」「チャネリング」と呼ばれる特殊能力を使って人が闘う(無論個人差があり、大きな特徴としては身に着ける翡翠の数によって発揮できる能力の度合いが変わる)、そういう設定を使って描かれるのは、マファイア組織の抗争の物語です。原著刊行に際して「二十一世紀版ゴッドファーザー×魔術」と謳われたというのもよくわかります。むかし「ガングレイブ」ってありましたよね。あんな感じの「現代異世界ファンタジーマフィア作品」とでも言えばわかりやすいかな?

<無峰会>と<山岳会>、2つの組織を中心に登場人物は多く、ストーリーは(というかキャラクター達は)複雑に絡み合います。とはいえ展開はスピーディで、2段組み約600ページのボリュームがあまり苦になりません。思うに、ゴッドファーザー的な「マフィアもの」という強固なバックボーンが既に世の中には存在しているので、そのガイドラインに従って物語は駆動し、読者もそれを摂取可能なのでしょう*1。若きリーダーの苦悩、兄弟家族の愛情としがらみ、仲間への信頼と裏切り、生と死、伝統を守る戦いと下層から成り上がることへの欲求など、展開する様々なシチュエーションはよくあるマフィアもの・ヤクザもののテンプレートのようでもあります。あるいは人によっては「仁義なき戦い」や「極道の妻たち」を思い起こさせるかも知れません。

しかし、たとえテンプレートの集合のようであってもその配置や順番を、どのキャラの立場でどのように描くかで、お話の面白さはずいぶん変わってくるはずです。そして本書は、(ここ大事なんですが)非常に面白い。

すごく完成度が高いというか計算された配置、流れ…ですね。そういうものを感じます。先日この本を読んで現代のアメリカではかなり作り込んだ文芸創作が行われていると知ったのですが、おそらく本書はそういうスタイルの作品なのでしょう。本書はデビュー作ではありませんが、巻末の献辞(例によって3ページも続く)には創作スクールの同期生も挙げられています。ちょっとキャラクター・アークというものを意識しながら読んだせいもあるのですが、カート・ヴォネガットが提唱したように完成した作品の分析ではなく、当初からそれを意識して設計された物語なのだろうと感じる、そういう作り込み…ですかね。どこで読者に共感させ、反発を植え込み、意外性を提示して伏線に気づかせる。読んでいるようで、実は読まされているのかも知れません。そういう不安もちょっと(笑)

アメリカの、ある種の連続TVドラマを見る感覚ってたぶんこういうものなんでしょうね。あちらはあちらで突発的なアドリブやら無計画な投げっぱなしやらも多いそうですが。

具体的なキャラクターやストーリー展開については書きだすときりがないのでやめておきますが、大変優れたエンターテインメントであることは疑いようもありません。連続ものになるそうで、続巻も楽しみです。

 

 

*1:近年ジョジョ5部というのもありましたが、あれにしてもやはりゴッドファーザー的なガイドラインの俎上にある内容でしょう